澤田沢治の雑記帳

登場人物紹介

愛知川宿1 2018年11月01日(木)

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 石塚一里塚跡なんて道標が有って、愛知川へ一里、武佐へ一里、なんて書いて有ったのです。ですから、我々は中山道66番目の宿「武佐」と65番目の宿「愛知川」の、丁度真ん中にやって来たのです。石塚一里塚は、江戸日本橋から123里(483km)の地点に立てられたのです。

 少し行くと「若宮八幡宮」や「五個荘山本郵便局」なんてのが有ったのです。やがて我々は五個荘北町屋町に鎮座し、弘文天皇と十市皇女を祀る「大郡神社」の大鳥居の前を通ったのです。金刀比羅神社と稲荷神社が境内社として鎮座するのです。此の「大郡神社」と書かれた石碑は「伯爵東郷平八郎」の筆によるものなのです。

 近江八幡市もそうだったのですけど、此の東近江市も古い街並み、京町屋風商家の保存に力を入れているのです。「天狗の宿る磐石の御山 近江国 太郎坊宮」の「第61回 お火焚大祭」が12月2日午前10時より執り行われる、なんてポスターが有ったのです。

 「太郎坊宮」は通称で、本名を「阿賀神社」と仰るのです。主祭神は「正哉吾勝勝速日天忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ)」ととっても長い名前の神様なのです。古事記によると、天照大神の長男と言う事なのです。

 薀蓄を言うと、欽明天皇の時代、聖徳太子が箕作山に瓦屋寺を創建したときに霊験があって創建されたと伝える。後に伝教大師(最澄)が参篭し、社殿・社坊を献じたというのです。その修験者の守護神とされたのが「太郎坊の天狗」で、現在も神社の守護神とされているのです。

 ああ、薀蓄が長く成ると此の日の目的地、彦根市に在る「高宮宿」まで着けないのです。先ずは「愛知川宿」まで急がねば成らないのです。「明治天皇北町屋御小休所」なんて石碑の有る東屋が有って、其処で休憩をしたのです。其処にジョロウグモが居られたのです。

 時刻は既に正午を過ぎたのです。お腹の虫が鳴いたのです。ふと見上げると、屋根下の妻壁に「水」の文字が書かれている民家が有ったのです。昔、庶民には懸魚が制限されていたので「水」の文字を描く事で火災から建物を守るためのおまじないとしたのです。

 普通の民家の軒先に南無阿弥陀仏と書かれた梵鐘が置かれていたのです。何なんでしょうねえ。そして「文化庁指定登録文化財」なんて書かれた「松居家住宅」なんてのが我々の目に入ったのです。大正14年(1925)年の竣工で、20年代の典型と言える建築だ、なんて薀蓄が書いて有ったのです。ああ、未だ昼飯も食べれ無いのです。合掌。23051

(石塚の一里塚なのです。2018.10.28、滋賀県東近江市五個荘石塚町)
 


愛知川宿2 2018年11月01日(木)

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「大郡神社」の大鳥居なのです。2018.10.28、滋賀県東近江市五個荘北町屋町263
 


愛知川宿3 2018年11月01日(木)

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「明治天皇北町屋御小休所」で休憩する我々。2018.10.28、滋賀県東近江市五個荘北町屋町
 


愛知川宿4 2018年11月01日(木)

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休憩した所に居たジョロウグモなのです。2018.10.28、滋賀県東近江市五個荘北町屋町
 


愛知川宿5 2018年11月01日(木)

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民家の軒下に置かれた梵鐘。2018.10.28、滋賀県東近江市五個荘北町屋町
 


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