澤田沢治の雑記帳

登場人物紹介

愛知川宿6 2018年11月02日(金)

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 街道沿いに茅葺の家が有ったのです。いえ、其れまでにも何軒か見掛けているのですけど、皆 古いのです。ところが今回の茅葺は比較的新しく、しっかりとしているのです。ところが、其の屋根に一定間隔でアワビの貝殻が留められているのです。

 此れはアワビを竹串に括りつけ、茅に平行に屋根に差し込んで有るのです。鳥よけとも言われているのですけど、効果のほどは余り期待出来ないようなのです。山城から近江にかけての民家に見掛けられるのですけど、装飾の意味合いが多いようなのです。

 其処から少し行くと「大同川」に架かる「研心橋」が有ったのです。そして次の「天秤橋」も渡らず、次の橋を渡ったのです。左側に「宮澤歯科医院」が有ったのですけど、其の直ぐ先の右側に「旧中仙道ぽけっとぱーく」なんて東屋の有る休憩所が有ったのです。其処で休憩するのかなあと思ったら、通り過ぎたのです。

 少し行くと「浄土宗 小幡山 長寶寺」が奥まった所に在ったのです。中山道沿いにはお寺と神社が矢鱈と多いのです。其処から直ぐの所に「小幡神社御旅所」が在り、境内には「山王神社」も鎮座されていたのです。でも、「師匠」の関心は、其の向かい側に在る酒の自動販売機に集中していたのです。

 小幡新町のバス停を過ぎて近江鉄道本線の踏切を渡ったのです。そして「愛宕神社」と言う小さな鳥居と祠が有ったのです。其の先で県道52号線と合流し、再び近江鉄道本線の踏切を越えたのです。本来の中山道はもう少し手前で「愛知川」を渡ったようなのですけど、古い道はもう無かったので、国道8号線の「御幸橋」を渡ったのです。

 橋を渡り切った右向こうに、もとは「牛頭天王社」とよばれていた、「祇園神社」が鎮座されていたのです。其の境内に弘化三年(1846)に建てられた常夜燈が有ったのです。我々はなおも歩いたのです。「不飲橋(のまずばし)」の三叉路を右に行くと其の上のアーチに「中山道 愛知川宿」の金文字が光っていたのです。時刻は12:47だったのです。

 またまた神社が有ったのです。「八幡神社」と仰るのです。隣には「真宗大谷派 負別山 寶満寺」が在ったのです。蓮如上人御影道中の御上洛(帰路)の定宿として知られているし、江戸時代には25の末寺を持つ大きなお寺だったのです。現在も、本堂・正門・経蔵・鐘楼・太鼓堂などが往時の面影を伝えているのです。

 滋賀銀行が角に在る交差点の少し手前に「田中園」と屋号の上がる民家が在り其処に、見事な大輪の菊が並べられていたのです。そう、今はコスモスだけでは無く、菊の季節でも有るのです。滋賀銀行の前まで来た時、時刻は12:55を示していたのです。果たして、我々は昼飯を無事食べられるのでしょうか・・。合掌。21197

(アワビの貝殻を飾った茅葺屋根の民家。2018.10.28、滋賀県東近江市五個荘竜田町)
 


愛知川宿7 2018年11月02日(金)

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酒の自走販売機の前に屯する「師匠」たち。其の向かいには文化財で有る神社が在るのです。2018.10.28、滋賀県東近江市五個荘小幡町570
 


愛知川宿8 2018年11月02日(金)

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近江鉄道本線の踏切を渡る我々。2018.10.28、滋賀県東大海市五個荘小幡町
 


愛知川宿9 2018年11月02日(金)

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弘化三年(1846)に建てられた常夜燈なのです。2018.10.28、「橋神 祇園神社」滋賀県愛知郡愛荘町愛知川789
 


愛知川宿10 2018年11月02日(金)

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中山道65番目の宿、愛知川宿のアーケードなのです。2018.10.28、滋賀県愛知郡愛荘町愛知川1262
 


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