澤田沢治の雑記帳

登場人物紹介

訃報1 2018年11月22日(木)

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 20日(火)の夕方には「いたけ」に出勤させて頂いたのです。「ハム屋のおっさん」に「立っちゃん」「けんちゃん」が居られたのです。其の内、「小玉さん」と「熊ちゃん」「師匠」と来られて賑やかに成ったのです。私は「タカラ缶酎ハイ」の後、180cc入りの赤ワインを頂戴したのです。赤ワインを飲むのは珍しい事なのです。

 其の後、嫁と「郷土料理 縁」で晩飯を食う事にしていたのです。「縁」に到着したのは、19:50だったのです。お通しは「胡麻豆腐」だったのです。次が「タマネギのムースにイクラ乗せ」「アジのお造り」「魚ロッケ」を頂戴し、「鯛茶漬け」で締めようとした時に電話が架かって来たのです。

 店内でマジックショーをやっていたので、表に出て電話を聞いたのです。電話の相手は私の次男「信治」の嫁だったのです。涙声で『「信ちゃん」が心肺停止で会社から救急車で病院へ搬送された。』と告げられたのです。晴天の霹靂とは此の事なのです。時刻は、20:50を少し過ぎた頃だったのです。状況を訊くと、助かる確率は限りなくゼロに近いのです。

 東京行きの「のぞみ」の最終は、新大阪21:23なのです。此の時刻からでは間に合わないのです。其処で、「縁」に戻り、嫁には其の事を告げずに、マジックショーを見ながら、「鯛茶漬け」をゆっくりと食べて貰う事にしたのです。

 そして、二人して「万葉」に行き、私は白ワインを、嫁にはウーロン茶を飲んで貰ったのです。其の間、私は嫁にどう話せば良いのかを色々と考えていたのです。そして、其の帰りに、ゆっくりと信治の事を嫁に告げたのです。そして、深夜に信治の嫁から、駄目だったとの電話が入ったのです。

 全てを翌日の事として準備を急いだのです。親戚等に連絡をしなければ成らないのですけど、果たして栃木県の山奥でする葬儀を知らせるのは、如何なものかと思ったのです。後で知らせてお叱りを頂戴した方がええのでは、なんて事を思ったのです。

 其処で、信治の兄の友治と、東大阪に住む伯母と、千葉に住む叔母の3人にだけ知らせる事にしたのです。他に信治の従兄弟や、私の従兄弟にも知らせたかったのですけど、遠慮をしたのです。

 そんな訳で、8:03の「のぞみ」で栃木へと向かったのです。深夜に仏様と成った信治が自宅に帰っている、との知らせも頂戴したので、高根沢に在る信治の自宅へと急いだのです。東京から東北新幹線で宇都宮へ行き、東北本線2つ目の駅、宝積寺で降り、迎えに来てくれた、信治の嫁の車で自宅まで連れて行って貰ったのです。

 徒歩15分の道程なのですけどね。仏様は、今にも起き上がりそうに生き生きとしていたのです。見た目はね。嫁は号泣するし、信治の嫁も号泣するし、私も内心では泣いたのです。南無阿弥陀仏。8173

(お通しの胡麻豆腐を芋湯で頂戴したのです。2018.11.20、「郷土料理 縁」大阪市中央区難波千日前6-20)
 


訃報2 2018年11月22日(木)

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「タマネギのムース、イクラ乗せ」ですわ。2018.11.20、郷土料理 縁
 


訃報3 2018年11月22日(木)

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「アジのお造り」なのです。2018.11.20、郷土料理 縁
 


訃報4 2018年11月22日(木)

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「魚ロッケ」なのです。魚のコロッケ?でも無いか・・。まあ、美味しかったので良いのです。2018.11.20、郷土料理 縁
 


訃報5 2018年11月22日(木)

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「万葉」で考えている私なのです。2018.11.20、「万葉」大阪市中央区難波千日前3−1
 


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