| ■ 旅立ちの日に |
2008年04月30日(水) |
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YouTybeで「旅立ちの日に」を聞きながら雑記帳を書いているのです。何故かと言えば、夕べテレビでこの曲が流れていて、卒業式では「仰げば尊し」や「蛍の光」「贈る言葉」を凌駕して今や最もポピュラーな歌になっているらしいのです。知らなかったのです。勿論、私の場合は前の二曲で名門日本橋小学校だって日本橋中学校だって卒業したのです。何でも埼玉県秩父市の中学校の校長先生が作詞、赴任間も無い音楽の先生が作曲されたとか、そう言えば聞いた事が有るのです。カラオケで歌うのに覚えようかとか、不純な動機が頭を擡げるのです。でも、もっとうけ狙いの歌の方がええとか・・、心は千路に乱れるのです。ついでに此れも卒業式で良く歌われたとか言う「巣立ちの歌」なんかも聞いてみたのです。こうなれば「贈る言葉」も聞かなければ片手落ちなのです。でも、ゆっくり聞いている暇は無いのです。今日も此れから金剛山へ登らなければならないのです。旅立ちの日なのです。旅立ちの時間は午前7時45分を予定しているのです。バスを登山口で降り「カトラ谷」を目指すのです。カタクリの群生や二輪草、其れにヤマシャクヤク(山芍薬)も見なければならないのです。今が花のシーズンなのです。帰りは72ルートを下りて、また色々お花を見せて頂く心算なのです。昨日「洋服屋のおっさん」からメールが来て「72?ルートはてっぺんの広場から降りるセトルートの途中にある、鉄塔番号が72(多分あっていると思う)から下ったところに、かたくりが咲いています。」と教えて頂いたのです。まあ、頂上で飲みすぎればどうなるのかは分からないのですけどね。南無阿弥陀仏。
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| ■ 石楠花 |
2008年04月29日(火) |
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昨日「洋服屋のおっさん」から長いメールが来たのです。本人の承諾も得ずに全文をご紹介すると・・。 「昨日 久しぶりにあなたの好きな金剛山に13年目を迎えるハイキングクラブの下見がてらでかけました。二輪草の咲くかとら谷の降り口があやふやなので確認に、 目印にいつも持ってゆく救急セットの包帯を入り口に巻いてきた。まだ一輪しか咲いてないが、例年より早そうなので18日は散っているかも。かたくりがいまきれいハズなので帰り見て帰ろうと、これはせとルートの間の72ルートと呼ばれる道に少し野生で群生している。知っているかもしれないが、ココはおすすめ。さいしょに見たときは感激した覚えがあります。でも帰りのルートは、気が変わりシラネアオイも見たくなりロープウエイのお花畑にゆくことに。でもその花が何処にあるかわかりませんでしたが、こぶし・やまつつじ・かたくりそしてわたしが最も愛する石楠花は咲いていた。なぜその華がすきなのかは、最も愛する山である奥秩父のやまで、雪をかぶりながら咲き始める群生に出会った光景がこびりついています。せいだい100回をめざしておきばりやす。」 「石楠花」の読みを知らなかったので調べると「しゃくなげ」なのです。な〜んだ、と思ったのですが名前は良く聞くのですが見た記憶は無いのです。いや、見たことが有っても其れが石楠花とは意識したかったのです。調べを進めると「石楠花」はツツジ科ツツジ属シャクナゲ亜属の低木で、赤、白、ピンク等の綺麗な花を咲かせるのです。そんな訳で明日は「カトラ谷ルート」を登ろうと思うのです。未だ一度も挑戦した事が無いルートで、前から行ってみたかったのです。情報によると所要時間は1時間50分なのです。文中に出ていた「72ルート」が何処なのかも知らないので聞いてみなければならないのです。
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| ■ 結婚式 |
2008年04月28日(月) |
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今朝、7時過ぎに実の嫁が起きて来て、仏壇の前に座り、正信偈をあげていたのです。去年の春に東本願寺へ住職のお供で研修に行って以来、毎日続けているのです。門前の小僧習わぬ経を読む、の類(たぐい)なのです。一昨年の暮れに倒れられた前住職が正月に逝かれ、其のあとを長女さんが継がれ、住職研修で東本願寺へ行かれた時にお供したのです。この春に弟さんが仕事の整理をされ、やっと姉上から住職の座を継がれる事となり、其の住職研修に私に同行して頂きたいと頼まれたのです。しかし、誠に残念ながら其の前日に親戚の結婚式が有るのです。まあ、近くなら問題は無いのですが嫁共々軽井沢まで出向く事になっていたので、丁重にお断りしたのです。嫁の方が信心深いのでしょうかねえ。でも、ほんまは私も行きたかったのです。信心を深め、嫁共々仏壇に手を合わせる暮らしがしたかったのですけどねえ。そう言えば最近矢鱈と結婚式が多いのです。今月の初めには「縁のママ」の披露宴が有ったし、来月早々には「素手で杵を折ったおっさんの長男」の結婚式が住吉大社で有るのです。中頃には「山椒大夫」のところの「よりちゃん」が結婚するのです。末には親戚の結婚式が有り、9月には「一号」が結婚すると言うのです。ところが我が家の長男は33歳にもなるのに独身なのです。仕事が忙しく、毎日深夜までやってるのです。浮いた話の出る暇も無いようなのです。其れでも嫁の手術の時には二回とも休みまで取って立ち会ってくれたのです。しかも、家では「風呂」「飯」「寝る」の三言しか言わないのに、何度も見舞いに来て話し相手になってくれたと嫁は泣いて喜んでいたのです。まあ贅沢は言わないのですが、何処かに丈夫で、気立てが良くて、良く働いて、賢くて、見目麗しい良い人が居てまへんかなあ・・。合掌。
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| ■ オリンピック |
2008年04月27日(日) |
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後三ヶ月余りに迫った北京オリンピックが開催を危ぶまれているのです。中国の人権問題に端を発し、其の象徴がチベット問題で、未だオリンピック聖火リレーに火が点いた程度なのですが此れからも暴力・非暴力による抵抗・抗議は続くのです。中国共産党による帝国主義がいつまで続くのか?ソビエト崩壊とロシアの復権を良く見なければならないのです。ある民族が他の民族に支配される歴史は続いているのですが、終止符が打たれる兆しも有るのです。まあ複雑怪奇と言えるのです。ソビエトが崩壊して沢山の国が独立したのですが、其の個々の独立を主張した国々も内部に民族問題を抱えているのです。勿論、ロシアだってチェチェンを始めまだまだ民族問題を抱えているのです。グルジアのアブハジアや南オセチアもそうだし、セルビアのコソボ等と枚挙に暇が無いのです。そう言えばユーゴスラビアを纏めていたチトーさんは大したものなのです。国家が細分化した方がええのか大きく纏まった方がええのか、基本的には人権の問題、自由の問題、民主主義の問題が有るのです。これ等が実現出来ないのなら細分化した方がええのです。ほんまは絶対に過ちを犯さない神様の様な支配者が独裁政治をすればええのですが、そんな人は居ないのです。ですから次善の策の民主主義なのです。今の中国がチベットを支配するのは許せないのです。ダライ・ラマを今度のチベット騒乱の首謀者と断定する中国政府に対して、はっきりと異議を申し立てない福田君も考え直して欲しいのです。中国がチベットに道路を作ってやったとか、学校を作ってやったとか、そやのに其の恩を忘れているとかの論理は、かつての日本も含めて帝国主義諸国の欺瞞の論理なのです。其れを言うなら、独立国チベットに経済援助なり各種援助の手を差し伸べればええのです。チベットはチベット人のものなのです。久し振りにシリアスなのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ クラス会 |
2008年04月26日(土) |
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地下鉄なんば駅へと急いだのです。南海も「なんば」なんですが、近鉄は「難波」なのです。まあ、どうでもええ事なのですけどね。ポケットには地下鉄の回数券が入っているのです。スルット関西で迂闊に乗ろうものなら実の嫁に叱られるのです。地下鉄の回数券は3,000円で3,300円分乗る事が出来るのです。細かい事は五月蝿いのです。大きい事は分からないのです。時刻は6時半頃、ラッシュアワーは少し過ぎているのですが、人で溢れているのです。この時間帯は結構停車時間が長くて階段を急いで下りるともう発車間際の風が有ったのですが、楽々乗れたのです。目的地は梅田、乗ってから10分も掛からず到着してしまうのです。ヒルトンプラザウエストというのに行くのですが、案内板には掲載されていないのです。迷路の様な地下道を勘だけを頼りに西と思われる方向へと向かったのです。幸い簡単に見つける事が出来たのです。クラス会の会場はB2なのでエスカレーターで一つ下りたのです。「広東料理 民生」が昨夜の会場だったのです。年に一度の集まりなのですが、今回は6名と少なかったのです。しかし其処は超満員で、新規のお客様をお断りしていたのです。ビールでスタートし最後は紹興酒になるのが中華料理では定番なのです。料理も良いし、紹興酒も美味しかったのですが、喧しいのです。人口密度が高いのです。其処で声が多少大きくなるのです。すると近所のテーブルの連中の声も大きくなるのです。対抗上、此方ももう少しトーンを上げるのです。皆が皆、声を高めるので段々と騒音は大きくなって行き、声も擦れて来るのです。お喋りは疲れるのです。合掌。
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| ■ 嫁のリベンジ |
2008年04月25日(金) |
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水曜日に実の嫁は愛染橋病院へ行ったのです。先日来の入院での「うつ伏せ寝」で首の調子を崩し肩がこるのだそうです。其れでリハビリを受けようという事なのです。科目は整形なのです。ところが月水は休診日だったのです。其のリベンジに木曜日も行く事にしたのです。私にも話し相手に一緒に来いと言うので、急遽金剛山へ登る事にしたのです。ですから水曜日より1時間後のバスに乗る事になったのです。ほんまは「カトラ谷」を登りたかったのですが、雨なので自重して千早本道の階段を傘を差して登ったのです。下りではいつも使っているのですが階段を登るのはほんまに久し振りの事なのです。去年よりは足が強くなったかどうかが試されるのです。でも、登りは結構キツイのです。はあはあと息が乱れるのです。途中、写真なんかも撮るのですが、半分は休憩みたいなものなのです。要した時間は58分、まあ昔は1時間15分ほど掛かっていたのでかなりの進歩なのです。でも、途中で二人連れに抜かれてしまったのです。彼等は余裕でお話をしながら軽々と抜いて行ったのです。下りは一寸小雨になったのですがスピードを抑えたのです。足元が悪いのです。きっかり35分で下り、時刻は13:03、バスは13:50なので間が開きすぎるのです。靴を洗ったり椎茸センターでうどんを食ったりと暇つぶしをしたのです。家に辿り着いたのは15:00過ぎだったのです。嫁の方は9時過ぎに家を出て診察とリハビリが終わったのが12時前だとブツブツと言っているのです。レントゲンで第5頚椎が2mmほどずれているとの診断が出て、メニューは「頚椎リハ」首を引っ張って、温湿布をして、首周りの筋肉強化のメニューをこなすのだそうです。取り敢えず6月半ば迄はこのメニューを週に2回受けるのです。其処でMRIを撮りもう一度診断が下るのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ リベンジ |
2008年04月24日(木) |
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金剛山へ一週間ぶりに登ったのです。最近は八時八分の急行で行くのが定番になっているのです。お握り2個と缶酎杯を仕込んで4番線の電車に乗ったのです。電車の中では大人しくウォークマンを聴いていたのです。バスも座れたのですが二人席しか空いてなく先に座ったのですが後からおばさんが横に座ったのです。恥ずかしそうに缶酎杯の蓋を開け、少しずつ飲んで丁度登山口を過ぎた辺りで飲み干したのです。計画通りなのです。今回のルートは去年5月20日に「日本橋金剛登山の会」で登ったルートを再現する事にしたのです。リベンジなのです。寺谷の入口の水飲み場を過ぎ、細尾谷の入口の滝を過ぎ、次の上り口が其れなのです。此れを登ればロープウエイの鉄塔に出るのです。山頂駅への最後の鉄塔なのです。前回は此処から山頂駅の方を目指して歩き、最後にメッチャ急な斜面を四つん這いで登る破目になったのですが、今回は此処から違うルートを登ったのです。山頂駅とは90度違う尾根伝いのルートを登ったのです。着いた所は千早園地のキャンプ場内の遊歩道なのです。チンタラ写真を撮りながらでも6分でロープウエイ山頂駅へ到着したのです。鉄塔から遊歩道までは12分だったので合計18分を要したのです。前回に登った時は鉄塔から山頂駅へは33分を要したので半分近くの時間で登った勘定になるのです。前回、如何に苦労をしたかが覗えるのです。今回、バスを降りてから頂上に立つまでに要した時間は丁度1時間20分なのです。前回の其れは1時間52分だったのです。都度写真を撮っているので其の撮影時間が秒単位で表示されるので正確に時間が分かるのです。次回は未だ行った事の無い「カトラ谷」を登ろうと思うのです。合掌。
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| ■ ロボット犬 |
2008年04月23日(水) |
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午後6時からのロボット連絡会議なるものにオブザーバーで出席したのです。初めての事なのです。「リモコン屋のおっさん」が熱心に勧誘したからなのです。何でも、ロボット犬のデモをやるから観に来い、との事なのです。この会議、日本橋でロボットを売ってるお店、または其の部品を売ってるお店の集まりで、10店ほどで構成しているのです。会議の半ばで、其のロボット犬が登場したのです。大きさは中型犬ほどで大型40Kgのサーボを各足に5個づつ、頭と尻尾に4個搭載しているのです。動きも素早く動作も犬の其れを良く研究しているのです。尻尾を上手に使ってお座りと言うかおチンチンも出来るのです。犬なのに招き猫の仕草も出来るのです。ジャイロも備えていて容易にはこけないのですが、こけそうには何度もなって、最後には二度ほどこけたのです。自分で起き上がる事も出来るのですがかなりの場所が必要でしかも危険が伴うのです。いえ、犬に危険では無く、周囲の人間に対して危険なのです。未だアルミむき出しの身体だし、動きが早く力強いので足の関節に人間の指など挟もうものならちょん切れるのではと思うのです。安全対策は此れからなのです。でも、可能性は無限に広がるのです。色々なセンサーを搭載して監視ロボットにしたり、愛玩用にはまだまだ無骨なのですがそういう方向も有るのです。勿論、リモコンでも操作出来るのですが、本命は自立ロボット犬なのです。其の動きのリアルさに一々感心していたのですが、何と言っても一番リアルな動を拝見させて頂いたのは、最後に電池が切れた時に体中のサーボがフリーになって、フニャグニャっと倒れてしまった時なのです。いかにもご臨終の雰囲気を醸し出していたのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ 桜からツツジへ |
2008年04月22日(火) |
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桜はほんまにパッと咲いてパッと散るんです。屋上のかいどう桜もほんまに満開になったなあ、と思った翌日の雨風で見事に散ってしまったのです。丁度、実の嫁が右目の手術を終え、3週間近く経って一時帰宅した時が盛りで、昼間に花見をしたのです。金曜日に帰って来て翌火曜日には再び入院、翌日には左目の手術するという慌ただしさだったのです。この手術もきっかり一時間で無事済んだのですが、嫁は目が痛いと言い、出血も有って心配したのです。始めにこの手術のリスクについて説明が有った時、僅かな可能性ですが三つのリスクが有ると言われたのです。一つ目が化膿、二つ目が出血、三つ目が網膜剥離なのです。翌朝の診察で、心配な出血は眼底出血で表面の出血は心配要らないし直ぐに吸収される、痛みも通常のもので心配の必要は無いと説明を受け一安心したものです。右目の手術では目の中に特殊なガスを入れたのですが、左目の時は中に空気を入れたと説明を受けたのです。右目の方が症状が悪かったので長く目に留まるガスを入れ、左目には吸収され易い空気を入れたとの説明だったのです。うつ伏せ寝も右目の2週間が左目の時には1週間で済んだのです。花の話に戻るのですが、今朝、屋上に上がると桜の代わりに白とピンクのツツジが立派に咲いていたのです。椿もポロポロ落ちながら真っ赤な花を未だ咲かせているのです。しかも蕾まで有るのですから、粘り強い花なのです。トランペットもかなり大きくなった蕾をぶら下げているのです。花に心を引かれるのは年を取った証拠なのでしょうかねえ。金剛山への道すがらも名も無い花を愛でているのです。惜しまれて散る桜になりたいのですけど・・。南無阿弥陀仏。
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| ■ 0120 |
2008年04月21日(月) |
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昨日、お昼間に電話が掛かって来たのです。携帯に着信が有ったのです。見慣れぬ番号で、其れもその筈「0120」で始まっているのです。取ろうか止めとこうか、躊躇したのです。まあ、少し興味も有って結局「もしもし・・。」と言ってしまったのです。相手は女で「突然のお電話で失礼申し上げますが、此方は宇都宮のドコモショップですが、澤田沢冶さんですか?」と訊ねるのです。別に漢字で聞かれた訳では無いので「さわださわじ」だったのかも知れないのです。一応警戒しながら「はい、そうですけど・・。」と答えたのです。まあ、多分次男の信治が携帯の何かの契約でドコモショップへ行ったのだろうと、宇都宮の地名を聞いた瞬間に想像したのです。案の定、ファミリー割引の契約をしたいそうで、家族間のフォーマ同士の通話が無料になるとの事なのです。途中解約するとペナルティーが有るらしいのですが、ドコモを使用している限り大した問題では無いのです。信治が嫁と夫婦で喋りたいからの契約なのだろうと思ったのです。序でに私達も加えたのではとの想像なのです。残念ながら実の嫁はフォーマーでは無いので割引の適用は無いのです。まあ、多分近々に買い換えたいと言うのではと思うのです。其れにしても「0120」からの着信は初めての事だったのです。普通の着信で、後に掛け返しすれば課金されるのですが「0120」なら無料になる、そんな配慮なのか、単に其の電話から掛けただけなのかは定かでは無いのです。何でも普通の電話に「0120」設定をするのだそうで、番号が二つになるようなのです。携帯からの着信も無料にする事が出来るのですが、固定電話からしか無料着信をしない設定も出来るようなのです。世の中のシステムが複雑になって来ているのです。合掌。
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| ■ 落語 |
2008年04月20日(日) |
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二回も同じ日の雑記帳を書く羽目になるとは夢にも思わなかったのです。でも、夢に程度は思っておかなければならないのです。預けて有るサーバーのトラブルでせっかくの名作を消されてしまったのです。自分で昨日書いたのですが、大して覚えて無いのです。実の嫁が「ざこばの事書いて有ったんとちゃう?」と言ってくれて、少し思い出したのです。土曜日に嫁の命令でタッパを道頓堀の自安寺まで返しに行ったのです。自安寺の奥方様に色々嫁へのお見舞いの品を入れてご持参して頂いていたのです。土曜日の私の朝ご飯の筍御飯も奥方様に頂戴したものだったのです。行くと二匹の子犬が私に吼えながら纏わり付くのです。一寸睨んでやると数メートルの安全距離を置いて吼えるのです。「いっぺん、二とか三とか言ってみろ!」と言うと「ワン」と答えるのです。只の犬なのです。まあ、私も戌なのですけどね。住職に14日付けの読売新聞を見せて頂いたのです。其の昔、自安寺が千日前に在った時のお話が載っていたのです。向かいには竹林寺が在ったのです。其の自安寺で若手の落語家が修練の為に寄席を開いていたのです。笑福亭仁鶴と桂ざこば(当時の朝丸)の言葉で綴られていたのです。千日デパートが焼ける大分前のお話なのです。私も落語は好きなのですが、聞く時間が無いのです。酒を飲む時間は有るのですから、プライオリティーの問題なんでしょうねえ。大嫌いなゴルフなど止めて落語を聞くのもええのです。桂ざこばは我が母校、日本橋中学校の一級下なのです。友達にざこばと親しいのが居て、サンケイホールへ聞きに行った事も有るのです。テープも持っているのです。今度金剛山へ行く時には此れを聞きながら登るのも一興なのです。笑い過ぎて谷にオチないようにしなければならないのです。合掌。
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| ■ 元気になった嫁 |
2008年04月19日(土) |
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昨日の朝、実の嫁から電話が有って、午前中に退院出来ると告げたのです。暫らくしてまた電話が有って、時間が掛かりそうなのでお昼頃になる、と言うのです。清算書が来るのに時間が掛かるのです。前回は薬を貰うのに時間が掛かったのです。兎も角病院という所は待たされるのです。勿論、帰って来た嫁からは色々愚痴を聞かされたのです。4人部屋に入っていたのですが、初日の夜中に隣のベッドの人が嫁のベッドに来て「あんた、何でトイレで寝てるの?私、小便でけへんやんか。」といきなり言われたそうなのです。其れも腕から血を滴らせながらだったのです。嫁は慌ててナースコールのボタンを押したのです。看護婦さんが来て連れて行ったのですが、おばあさんは点滴を引き千切って歩いたので静脈から血が噴出したのです。床からカーテンまで血糊で染まったのです。夜中に大騒ぎで寝られへんかったと一つ目のクレームをお話して頂いたのです。去年の5月に出来上がったばかりの病室なので設備は最新なのです。当然テレビは液晶なのです。規則では必ずイヤホンで聞く事になっているのです。ところが隣のベッドに二日目に入って来た人はイヤホンを使わないのです。しかし、看護婦さんは注意をしないのです。でも、向かいのベッドに新しく入って来た患者さんに「テレビはイヤホンで聞いて下さいね。」と言ったそうなのです。「これって可笑しいのんちゃう?普通、そんなん言うくらいやったら、今テレビをスピーカーで聞いてる人に注意するのんが先やと思えへん。」と嫁はお怒りになられるのです。人間は他の人に少しづつ迷惑を掛けながら、少しづつお許しを頂いて生きているのです。其の程度の事は我慢すればええと話すと、嫁は不満顔になるのです。まあそんな訳で、結構元気になったのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ 第34回TWENTY会 |
2008年04月18日(金) |
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雨の中、カートにボストンバッグとキャディーバッグを積んで、日本橋四丁目の交差点付近まで引っ張って行ったのです。午前七時集合だったのです。勿論、朝飯はキッチリ自分で作って食ったのです。ですからバスで配られたコンビニお握りは辞退したのです。マイビールにマイ缶酎杯も持参したのです。「ダイヤモンド滋賀CC」は限り無く遠いのです。阪神高速、名神、新名神と走って「甲賀土山インター」で降りるのです。今年の2月23日から供与が始まった新しいインターなのです。もう少し行けば東名阪自動車道と繋がる亀山JCが有るのです。1時間40分ほど掛かったのです。ゴルフ場に着くとやっぱり大雨なのです。しかも風もキツイのです。中止になればええなあ、とか思ったのですが決行すると言うのです。まあ、結構なのですけどね。合羽を着て傘をさしていても雨が身体に滲み込んで来るのです。安もんの合羽なのです。靴の中では足が泳ぎ出したのです。ドライバーで打った球がフェアーウェイに食い込むのです。ランはゼロなのです。地球が雨で柔らかくなってしまったのです。9ホール終わって幹事が中止を我々に伝えた時、もの凄く爽やかな気分になったのです。早速お風呂に飛び込んだのです。「飛び込んだ」と言っても「飛び込み台からお風呂に飛び込んだ」とかの意味では無いのです。単に「お風呂に入った」と同じ意味なのです。風呂から出ると昼飯なのです。チャーシュー丼とうどんを食ったのです。このゴルフ場、ビールが高いのです。生中が735円もするのです。朝飲んだので知っているのです。いえ、私は瓶ビールを飲んだのですが、此れは630円なのです。ですから抗議の意味でお昼にビールを飲まなかったのです。案の定「日本橋のフセイン」は生中を注文、飲んでしまってから値段を聞いて立腹していたのです。ハーフでコンペを成立させ、50で回りHDCP20の「のら」が優勝、一打差で「素手で杵を折ったおっさん」が続いたのです。驚いたのは同ネットで「日本橋のフセイン」が3位に入った事なのです。目出度い事なのです。合掌。
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| ■ 好きな金剛山と嫌いなゴルフ |
2008年04月17日(木) |
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ご飯半合、冷奴にお漬物を食って出掛けたのです。甘海老は無かったのです。雨が降りそうな天気だったのですが、金剛山を目指したのです。八時八分の急行が最近の定番なのです。今回、幸いにもバスは空いていて座る事が出来たのです。そうなれば躊躇無く缶酎杯の出番なのです。登山口の一つ手前、千早大橋辺りで飲み干すのがプロなのです。今回は登山口で降り、妙見尾根に挑戦したのです。前回は入口を行き過ごしいつもの妙見谷を登る破目になったのです。妙見橋の所から少し入った所に荷物用のモノレールが有るのです。其処がルートの始まりなのです。途中、少しルートから外れてものげっつい急な斜面を登る破目になったのですが、10分ほどで元のルートと合流する事が出来たのです。最後は文殊中尾根ルートと合流するのですが、9:22にバスを降り、山頂に到着したのは11:03だったのです。結構厳しく長いのです。気温は摂氏9度、83回目の判子を貰ったのです。もう、山小屋のストーブには火が入ってなかったので、小屋内の温度は冬場の20度より低い18度だったのです。思わず上着を着たのです。中瓶とおでんを頂戴し、コンビニお握りも2個食ったのです。お握りの時はビールでは無く何故か熱燗になっていたのです。下りは何時もの千早本道の階段なのです。12:00:21にスタート、12:24:05に麓の椎茸センターに到着したのです。23分44秒というレコードが誕生したのです。帰りに弟の病院へ寄り、帰って実の嫁の病院へ行ったのです。嫁の経過は順調で今週の金曜日には退院出来るとの事なのです。でも、顔を洗ったり頭を洗えるのはもう一週間先になるのです。そうそう、今日は此れから嫌いなゴルフに大雨の中、行かなければならないのです。「TWENTY会」で「ダイアモンド滋賀CC」へ行くのです。勿論、バスなのです。合掌。
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| ■ 第五回日本橋ストリートフェスタ |
2008年04月16日(水) |
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今週の月曜日にでんでんタウンの理事会が有って、其処で正式に来年「第五回日本橋ストリートフェスタ」を開催する事が決まったのです。2009年3月20日(祝・金)が開催予定日なのです。此れは「でんでんタウン」が其の日の開催を決めたので、実際に実施するには大阪市、浪速警察、大阪府警本部との交渉事が有るのです。そして平松大阪市長が委員長を務める「第五回日本橋ストリートフェスタ実行委員会」が開催されて、初めて実施が正式に決定されるのです。其の委員会は早くて12月の末、今年の場合は2月14日だったのです。其れまでは「来春開催の方向で準備を進めている」程度の表現しか役所は許さないのです。まあ、あちらにはあちらの事情が有るのでしょうが、此方にも此方の事情が有るのです。今回は同時開催の「日本橋フェスタ」の費用は別にして「日本橋ストリートフェスタ」には3,400万円ほどの費用が掛かったのです。大阪市さんから1,000万、大阪府さんから100万、電気メーカーさんから1,000万ほどの協賛金を得て、日本橋筋商店街振興組合が300万、でんでんタウン協栄会が1,000万の負担をして実施する事が出来たのです。勿論、公式ガイドブックへの広告を頂戴して頂いた企業様の暖かいご援助も有ったのです。加えて、ボランティアとしてご協力頂いた多くの方々のご協力も大きな力となったのです。募金箱も作ったのですが、実際に集まった金額は10万円余り、其のかなりの部分が設置させて頂いた所のオーナー様の寄付金みたいなものの様なのです。設置費用との兼ね合いを考えると実質ゼロと考えてもええのです。まあ、盛り上げとか参加意識の向上とかいった部分では貢献したのです。ところが次回は大阪市からの補助金は700万に減額されるのです。次回実施するには幅広く、薄く資金を調達する必要が有るのです。募金箱も早い時期からの設置で、其の一端を実質的に担う必要が有るのです。出来る限りの沢山の方々のご協力と努力が必要なのです。何はともあれ次回の大成功を心より願うものなのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ 食品スーパー |
2008年04月15日(火) |
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実の嫁には野菜を食べろと命令されているのです。そうなると生で食べるよりは炒めるか茹でるかする方がええのです。昨日も朝からでんでんタウンの理事会が有ったのです。帰って来ると12:20、直ぐに黒門へ買出しに行ったのです。ほんまは野菜は何処、肉は此処、魚は、お惣菜は・・、とお店を回ればええのですが、何分時間が無いのです。でも、お買い物も結構楽しいのです。へえ〜!こんなんも売ってるんや、とか。でも、そんな余裕は無いのです。アルバイトの子には1時から食事時間を提供しなければならないのです。黒門には食品スーパーが2軒有って、しかも隣同士に並んでいるのです。先ず、黒門中川で「榎」と「マルキン元気豆腐小」を買ったのです。この豆腐小さなパックが4連個になっていて、一人暮らしには便利なのです。メインは手早くお造りと思って、お造り盛り合わせ498円のパックを一度買い物籠に入れたのです。でも、「甘エビ180円」が目に入ったのです。急遽、其れ2個と入れ替えたのです。店を出たところで買い忘れに気付いたのです。「玄関開けたら2分でご飯」が無くなっていたのです。近所のコンビニでは198円もするのです。隣の千成屋へ入って3個パックを2つ買ったのです。合計6個で626円だったのです。ほぼ半額なのです。帰って、急いでキャベツとピーマンを千切りにしたのです。其れを鍋で茹で、笊に取って湯を切るのです。其れにトマト半個を4つ切りにし、大皿に持って「美味しい縁のポン酢」を掛けるのです。昼飯の買出しからお料理、お食事、後片付け、洗い物まで入れて45分を要したのです。1時より5分遅れでお店に出勤したのです。毎日、食事が出来るのは有難い事なのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ オムレツ |
2008年04月14日(月) |
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朝は先ず洗濯機に洗剤を入れるところから始まるのです。電源を入れ、標準のスイッチを押すのです。台所に昨夜の洗い物が残っている事も有るのです。まあ、昨夜は雨だったので植木の水遣りはしなくてええのです。でも、朝飯は食わなければならないのです。今朝のメニューはオムレツだったのです。先ずタマネギをマーガリンで炒めるのです。炒め方は一寸浅めが美味しいのです。まあ、初めて作るのですから、言うてる事はええ加減なのです。炒め終わると別の皿に取って置くのです。卵を2個予め溶いて置き、何か出汁は無いかいなと冷蔵庫を見ると「そうめん出汁ストレート」というのが有ったので、其れを適当に加え胡椒も少し振り掛けて、フライパンへジュンと流し込むのです。少し底が固まった頃に先ほどのタマネギを加え序でに刻みネギも入れ、端から卵をタマネギ達に覆い被せるのです。其れを今度はひっくり返して出来上がりなのです。同時に味噌汁も作ったのです。具はエノキと麩にワカメなのです。どんぶりに入れてネギを散らせば出来上がりなのです。ご飯は「玄関開けたら二分でご飯」を半合頂戴し、野菜沢山のおつけ物も小皿に盛って有るのです。お茶は面倒なのでポットからお湯をお茶碗に入れおつけ物を頂戴するのです。食後の果物はみかん、此が一番手間要らずなのです。昨夜の献立は「烏賊と長芋の醤油掛け」「平鯵の叩き」「鮹の天麩羅」「河豚雑炊」だったのです。なかなか豪華でしょう。「季節料理 縁」で食ったのです。「河豚雑炊」は隣に座っていた「白塗り」から貰ったのです。「縁」には、かなり酔った「しんちゃん」も来て居て盛り上がったのです。一人暮らしは侘びしいものなのです。合掌。
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| ■ 玉葱 |
2008年04月13日(日) |
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自炊生活は続くのです。朝は榎と麩を入れた味噌汁を作ったのです。鯵の味醂干しも焼いたのです。お漬物が乏しくなったので、お昼に黒門市場へ買出しに行ったのです。買ったのは色々野菜のお漬物、絹漉し豆腐、榎、春雨、其れに鯛のお造り、特価だったのです。帰って直ぐに昼食の支度なのです。メニューはお造りと湯豆腐なのです。勿論、榎と春雨は定番なのです。まあ、特価の絹漉しなので味の方は今一だったので、次に買う時はもう一ランク上げようと思ったのです。榎と春雨の食感は抜群だったのです。榎は新しい物に限るのです。実はなめこや蓴菜(じゅんさい)も好きなのです。仕事が終わってから、実の嫁にお見舞いに貰ったさくらんぼとお花を届けたのです。さくらんぼを箱ごと持って行くと「何で、洗ってタッパに入れて持って来ないのよ!」と口を尖らせて言われたのです。皆さん!さくらんぼは洗って食う果物なのです。仕方が無いので病院で洗ったのです。でも、メッチャ美味しかったのです。其の間も夜の献立を頭の中で考えていたのです。豚シャブに決めたのです。帰りに黒門へ寄り、豚とうどんの玉一つを買ったのです。うどん玉は一つ40円で三つで100円なのです。でも、二つ食ったところで腐らせれば20円の損になるのです。このうどんは今朝のメインディッシュになるのです。豚シャブには白菜と定番の榎と春雨が入るのです。もう一品、豚と玉葱の炒め物を作ったのです。味付はマーガリンとコショウだけにしたのです。玉葱を一寸大きめに切った事と炒め具合が抜群だったので其の素材の甘さ、美味しさが引き立ったのです。今日のお昼も此れにする事にしたのです。毎日食事にありつけるのは有難い事なのです、勿体無い事なのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ 自転車 |
2008年04月12日(土) |
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そう言えば、昨日は三食とも自炊したのです。朝の献立は一昨日と同じで、お昼は黒門市場へ物色に行ったのです。結構満員で自転車の止める場所も無いのです。我々にとっても駐輪場は頭の痛い問題なのです。自転車と言えば最近三人乗りが結構問題になっているのです。でも、若いお母さんに止めろと言うのも可哀想な気もするのです。彼女等も自分と子供の命を掛けて必死なんですから・・。まあ、どれだけのリスクが有るか、良く認識さす事も大切なのです。でも、法律で自転車の定義が有ったのには一寸驚いたのです。二輪又は三輪に限られるようで、四輪になると車道しか走れないらしいのです。某自転車メーカーが安全な自転車として後輪の左右にバネで上下に動く安定用の補助輪を付けたのです。其れが自転車の定義から外れるとかで発売に待ったが掛かっているのです。法律を変える必要が有るのです。話を戻すのですが結局黒門で活きの良さそうなヨコワを買って帰ったのです。昼食は其れに菜っ葉と鱶鰭スープだったのです。午後からは商店街の理事会だったのですが、一寸顔を出し、報告事項だけ言うと今里のお寺に向かったのです。ご住職が替わられたのです。帰りがけにミカンを買って、其の足で実の嫁の病院へ行ったのです。チラシ寿司をお寺で2個も貰ったので一個を病院へ置いて来たのです。夜は七時からアーケードに残っている日本橋ストリートフェスタのポスター撤去作業が有ったのです。其の後にチラシ寿司を頂戴したのです。お味噌汁も大量の榎と麩を入れ豪華に作ったのです。何故自炊にしたかと言えば、嫁が入院してから太って来たのです。外食は太るのです。朝の体重が64.2kgまでになったので、ダイエットを始めたのです。今朝は何とか63kgまで戻す事が出来たのですが、直ぐにリバウンドしそうなのです。目標は62kgなのです。合掌。
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| ■ 自炊とお花見 |
2008年04月11日(金) |
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実の嫁が居なくなって初めて自炊をしたのです。まあ、自炊と言っても「玄関開けたら二分でご飯」を電子レンジでチンしたのです。鯵の味醂干しを魚焼器で焼いたのです。此れが結構難しいのです。先ずトレイに水を張らなければならないのです。味醂干しを二匹、綺麗に並べるのです。ガスは強火が良いのか弱火が良いのか分からなかったのですが、始め強火で途中から弱火にしたのです。何度も焼加減を吟味したのです。其の時、勢い良く引き出すとトレイの水が零れるのでゆっくりと引き出さなければならないのです。竹輪が二本有ったので其れも朝食の足しになったのです。お漬物は茎の青い奴なのです。一番手間が掛かったのが鱶鰭スープなのです。まあ、レトルトなのですが先ず鍋に水500ccを入れ鱶鰭スープの素を入れ掻き混ぜながら沸騰さすのです。そして予め用意して有ったとき卵を流し込み一煮立つさすと出来上がりなのです。問題は量が四人分だった事なのです。摂り合えず二人前を食い、残りは荒熱を取った後にタッパに入れ冷蔵庫に保管して今朝のスープとなったのです。ですから今朝も全く同じメニューなのです。そうなんです、竹輪は一本しか食べなかったのです。ちゃんと計画的に献立を考えていたのです。そして昨日のお昼なんですが、お花見だったのです。生憎の雨だったので屋内で乳母桜を見たのです。堺後家軍団の四人が「季節料理 縁」に来て居たのです。「白塗り」が音頭を取ったお花見はこうしてスタートしたので有ります。早い連中は十一時から飲んでいたので、私が到着した正午過ぎにはかなり出来上がっていたのです。「5丁目の部品屋」を始め酒飲みが揃っていたのです。まあ、中にはビール一杯で真っ赤になるおっさんも居たのですけどね。雨が上がったので直ぐ側の公園へ寸花見と洒落込んだのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ 缶酎杯 |
2008年04月10日(木) |
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迷った挙句に、やっぱり金剛山へと向かったのです。8:08の急行に乗り、8:50のバスに乗ったのです。せかっくコンビニでバスの中で飲む為の缶酎杯を買ったのですが、座れなかったので飲まなかったのです。直ぐに断念したのでは無く、途中何度か立ち飲みをしようかと、かなり逡巡したのです。でも、結局は諦めたのです。片手でつり革を持ち、片手で缶酎杯を持ち、もしも激しく揺れて中身を座ってるおっさんの頭にぶっ掛ける事になる事態を恐れたのです。結局、其の缶酎杯は登山途中の休憩で道行く人に珍しそうに眺められながら私に飲まれる事となったのです。バスを降りてから1時間6分後の10:38に山頂に立つ事になったのです。気温は摂氏11度、暖かいのです。此れなら予定より一本早い11:50のバスに間に合いそうなのです。でも、ビールとおでんは頂戴しなければならないのです。お握りも2個用意してあるのです。11:10に出立する事にしたのです。30分も有れば下山出来るだけの足に鍛え上げて有るのです。結局、階段降り口から椎茸センターまで25分52秒で下りたのです。何故正確に分かるかと言えば写真判定なのです。下りる前に写真を撮り、椎茸センターで写真を撮るのです。途中でも2枚ほど写真を撮ったのです。まあ、そんな事をしなければもう少し早かったのかとも思うのですが、所詮は遊びなのです。心に余裕が無ければ事故を起してしまうのです。余裕で予定のバスに乗れ、実の嫁の病院へは14:20に到着、友治が既に来ていたのです。15:20に始まった左目の手術は予定通り16:20に無事終了したのです。医者の説明では左目の方が症状は軽く、直りも早いだろうとの事なのです。うつ伏せ寝も少ない日数で済むのだそうです。良かったのです。合掌。
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| ■ 高級檜花粉症 |
2008年04月09日(水) |
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突然だったのです。2月の始めくらいから少し花粉症の兆しは有ったのです。でも、全く問題は無く、週に一度くらい下を向いた時に鼻水が一滴垂れる程度だったのです。ところが、今週7日の月曜日の朝、異変は起こったのです。目がしょぼつき、鼻水は垂れ流し放題、喉も痛くなったのです。一瞬、風邪?かなあ、とも思ったのですが、違う様なのです。テレビでは7日は檜花粉が飛び捲くったらしいのです。8日も今年最高の檜花粉なのだそうです。そうなんです、去年までと替わって低俗杉花粉症から高級檜花粉症になったのです。寝ている時は大丈夫だったのですが、目が覚めると水鼻攻撃が始まるのです。寝ている時は大丈夫という事は何か精神的な問題も関係していてそうなんです。ティッシュが必需品となり、かみ過ぎて鼻が赤くなりヒリヒリし出すのです。薬を飲んだり、マスクをしたりはしていないのです。自力で克服しようとしているのです。まあ、別に意地を張ってる訳では無く、効果が限定的で副作用も有るからなのです。我が家の桜も満開なのですが、私の鼻も満開なのです。大変なんですから。大変序でに、実の嫁が又入院したのです。今日、左目の手術が有るのです。前回の右目の手術は成功で視力も元通りに回復、失明のリスクも回避する事が出来たのです。白内障だった水晶体も人工の物に入れ替え、近眼もやや改善したので、遠くは前より良く見えるようになったと言っているのです。現在時刻は午前7時20分、迷っているのです、今日 金剛山へ登ろうかどうか・・。花粉症も有るし、嫁の手術が午後3時からなのです。割り増しポイントの付く今、点数を稼いでおかなければならないのです。2時過ぎに帰って来て、其のまま病院へ向かえば2時半過ぎには到着するのです。この悪条件でも身体は鍛えなければならないのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ 二次会 |
2008年04月08日(火) |
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二次会の会場は日本橋三丁目の上海新天地、一番でかい舞台付きのカラオケルームが会場なのです。大型バスをチャーターして有ったのですが、超満員、時刻は既に午後9時10分だったのです。一路日本橋へ戻って来、上海新天地へ横付けしたのです。私には荷物が沢山有ったのです。白い靴、白いズボンにアロハシャツが現状の姿なのですが、お色直しで脱いだ略礼服と黒い靴は紙袋の中。おまけに引き出物とかも有って、三つの袋を持っていたのです。「え〜、お二人には三つの袋を是非大切にして頂きたいのです。先ずお袋さん、次に月給袋、そして堪忍袋なんですが・・。」と思わず挨拶しそうになったのです。このまま三つの袋を持って二次会に突入すれば、きっと忘れる、いや必ず忘れる。もし、忘れると実の嫁は烈火の如く喚き散らすのではないか?ほんじゃ、家まで3分なので持って帰れば事態は回避出来るのでは・・。この辺りが的確な判断力の残っている時の強みなのです。家まで持って帰って玄関を開けた所へ置いて来たのです。ぐずぐずして皆に遅れをとっては一大事なのです。バスの乗客は50人以上、未だ一階でモタモタしていたのです。色々アトラクションなんかも有ったのですが、良く覚えていないのです。遅れて駆けつけた新郎新婦、新郎の純白のタキシード(貸衣装)が限り無く赤いワインで汚されていたのを記憶しているのです。多分、買取やろなあ・・、と思っていたような気がするのです。まあ、ほんまに買い取ったらしいのですけどね。やれウイスキーを飲ませ、だとか、酒が無い、などと五月蝿い連中なのです。其の点、私などは粛々と生ビールを嗜んでいるだけなのです。品行方正な私は二次会でお暇を頂戴したのですが、「バー楽」で三次会が有ったのです。参加した連中は一応に翌日は頭痛だったようなのです。なにはともあれ、お二人の末永きお幸せを心より願うものです。南無阿弥陀仏。
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| ■ 披露宴2 |
2008年04月07日(月) |
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披露宴は愈々佳境に入って行くのです。新郎新婦の友人による祝辞。新郎の高校時代の同級生は、幼い娘を二人登場させ新郎新婦に花束を贈呈したのです。若い女に目の無い新郎の喜んだ事。次は新婦の友人として「縁のしんちゃん」が登場したのです。スピーチを長巻紙にしたためて有るのです。ほんまに長いのです。「日本橋で二番目に美しい女社長」と「ゆいちゃん」の二人がかりで巻紙を持つアシスタントをして、やっとこさなのです。其の長い文章をほんまに読むのかいな?と思ったら最後まで読んでしまったのです。彼のスピーチは結局17分にも及んだのです。其の後、新婦の友人による「二胡」の美しい調べで心が洗われたのは救いだったのです。次に日本橋ストリートフェスタ関係者が登壇し「運営委員長」の発声で頑張るぞ!コールを頑張ったのです。バルーンアーティストがバルーンの花束を新郎新婦のお母様方にプレゼント、新郎新婦共々お色直しの為に退場されたのです。時刻は既に19時を回っていたのです。舞台には「しんちゃん」と「山椒大夫」が登場、マジックショーが開催されたのです。そして、二人がお色直しから帰って来たのは19:30、予定よりは40分遅れだったのです。キャンドルサービスと言うのは新郎新婦が酔ってしまう為の行事なのです。一気飲みを何度もさせられ、顔に口紅で奇妙な模様を付けられた新郎新婦がメインキャンドルに明かりを灯したのは19:50、再度新郎新婦が各テーブルを回って写真を撮るという「各卓撮影」を中止にしても時間は足らなかったのです。フラダンスには新婦の母や「日本橋で二番・・」も出場、最後の曲には新婦に加えて白いズボンにアロハに着替えた司会者も参加したのです。新郎の大学時代の友人が裸で歌を歌ったりして最高に盛り上がった後、新婦が父母に手紙を読み、お涙を頂戴し、花束贈呈、新郎の父、新郎と御礼の挨拶で愈々フィナーレ、時計は結局1時間遅れの21:00を指していたのです。未だ2次会が有るのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ 披露宴 |
2008年04月06日(日) |
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「縁のママ」の結婚披露宴が有ったのです。昨年の9月に今宮戎神社で結婚式を挙げたのですが「第四回日本橋ストリートフェスタ」が無事終わってから披露宴をする事にしたのです。場所は南港の「ハイアットリージェンシー」なのです。我々日本橋組は「ホテルヒラリーズ」前から大型バスで南港を目指したのです。開宴の時間は午後4時半、3時半頃にバスは到着したのです。受付には「あずさ」と「ゆいちゃん」が居たのです。控え室にはビールやウイスキーが用意されていたのですが、司会を担当する私としては会場に直行、一滴のアルコールも体内には入って無いのです。勿論、お昼に頂戴した生中一杯は別にしてのお話なのです。最終打ち合わせをする内、私様の弁当が司会席の衝立の後ろに運ばれたのです。其れを合間合間に頂戴し、お腹の足しにするのです。開宴に先立って挙式のビデオが150インチのプロジェクターに映し出されたのです。愈々新郎新婦のご入場なのです。主賓の方々のご挨拶の後は鏡開きから乾杯へと順調に進んだのです。食事が始まるとお二人のプロフィール紹介を司会がした後、二人の馴れ初めを新婦と一緒にトルコで一ヶ月過ごしたという友人がプロジェクターを使って縷々ご紹介したのですが、中々映像も説明も面白かったのです。祝辞が一本入った後、お待ちかねのウエディングケーキへのご入刀が有ったのです。そしてファーストバイト(first bite)なのです。新婦が新郎に、新郎が新婦にケーキを食べさせっこするのです。此れには意味が有って、新郎が新婦に食べさすのは「一生君にひもじい思いはさせないよ。」の意味で、新婦の其れは「あなたに一生美味しいものを作って差し上げますわ。」の意味が有るのです。此処までは予定より僅か7分遅れの進行だったのですが・・。合掌。
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| ■ とんかつカレーあんかけ |
2008年04月05日(土) |
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実の嫁が我が家に帰って来たのです。朝10時に病院を出る心算だったのですが、薬の順番待ちで1時間も待たされたとかぼやきながら、お昼前に帰って来たのです。でも、久し振りの我が家で嬉しそうだったのです。直ぐにお昼「季節料理 縁」まで一緒に行ったのです。「さわらの照焼定食」を頂戴したのです。もう一つ「とんかつカレーあんかけ定食」というのも有ったのです。嫁は「これって、とんかつカレーにまだあんを掛けて有るのん?」と私に聞くのです。「其れはな、とんかつにカレーあんを掛けて有るんだよ。」と親切に教えてやったのです。目の調子は随分と良くなったようなのですが、頭の調子は相変わらずなのです。先日まで目の中に黒い輪が有って見難いと言っていたのが消えたとか。でも、未だ何か白いものが蠢(うごめ)いているとか。其れも先生の曰く、手術で出来たゴミで日にちが経てば消えて行くのだそうです。夜にはなんばシティーの「うの庵」へ鳥鍋を、これまた一緒に食いに行ったのです。嫁は火曜日から再度入院して左目の手術に掛かるので、大盤振る舞いなのです。具の「えのき」と「春雨」を別途注文したのです。私の大好物なのです。嫁は春雨も糸蒟蒻も一緒だと言うのですが、大違いなのです。其処へ「山椒大夫の嫁」が豪華な花束を届けてくれたのです。嫁へのお見舞いなのです。病院ではうつ伏せに寝ていて大変そうなので一時退院を待って届けてくれたのです。「べべのようこ」と「大食いののりちゃん」の三人からなのです。有難いことなのです勿体無い事なのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ 第202回草踏会 |
2008年04月04日(金) |
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嫌いなゴルフにまた行ってしまったのです。「第202回草踏会」で「滋賀ゴルフクラブ」へ行ったのです。最近の事とて勿論バスなのです。永和信用金庫前を午前7時に出発、名神・新名神経由で1時間半掛かったのです。車中では缶ビール一杯に止め、スタート前のビールも割愛したのです。天気は上々、先日頂戴した「新木会200回記念ベスト」を脱いだり着たりしながらのラウンドなのです。加えて「草踏会200回記念帽子」も被ったのです。記念写真も撮ったのですが、この帽子を被る事が義務付けられたのです。まあ、センスの問題なんですが、扇子じゃ無いのです英語で書くと「SENSE」辞典で調べると「物事の微妙な感じや機微を感じとる能力・判断力。」の方の「センス」なのです。真っ黒な帽子の正面に大きく「草踏会」と白で刺繍されているのです。右側にはオレンジで「200回記念」と書かれ、左側には「澤田沢冶」の白い刺繍が施されているのです。庇の縁取りもオレンジなのです。オール漢字なのです。感じがええのか悪いのか、幹事が決めたらしいのです。「新木会」の記念ベストも黒なのですが、白のローマ字で「SBK」と刺繍され「S.Sawada」と行書体で書かれているのです。「しんちゃん」が決めたのですが72歳のおっさんにすればましな方なのです。「SBK」は「新木会」の略なのだそうです。ベタなんですがオール漢字よりはええような気がするのです。優勝したのは「両足を骨折したおっさん」でHDCP8にも関わらずワンアンダーでの快挙なのです。2位にはHDCP24のパープレーで「京都に嫁の居る電気屋」が来たのです。私ですか56/52で8位だったのです。でも、パターは良かったのです。12/15だったのです。如何にショットが悪いかお分かり頂けると思うのです。合掌。
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| ■ 妙見尾根 |
2008年04月03日(木) |
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全て予定通りに、バスの中で飲む缶酎杯も予定通りに河内長野のアンスリーで買ったのです。飲みながら本日登るルートを検討したのです。出来るなら初めての所がええのじゃあ、と考えて「妙見尾根ルート」に決めたのです。登山口バス停から二つ目の橋を左に折れる「妙見谷ルート」と同じエントリーをするのです。暫らく行った荷物用モノレール沿いに登るのですが、行き過ぎてしまったのです。戻ろうかとも思ったのですが、まあええか、と軽いのりで其のまま妙見谷を登る事にしたのです。前回、雪で最後の詰めを誤ったリベンジの心算も有ったのです。途中、雨で道が流され危険な場所も有ったのですが無事通過、迷わず山頂まで1時間40分ほどで到着したのです。前回よりも気温が高い分ペースが落ちているのです。山頂で知人に会ったのです。奇遇と言うのでしょうか、昔ソフトボールを一緒にしていたおっさんなのです。写真を撮って後日お送りする事にしたのです。私、写真を撮るのが趣味で滅多な事では人にお渡しする事は無いのです。まあ、例外は一度有ったのですけどね。今回は二度目の例外なのです。予定通り千早本道を30分も掛からずに下り、1時50分のバスに乗ったのです。でも、バスの中で缶酎杯を飲むという予定は取り止めたのです。帰りに弟の病院へお見舞いに行く事にしたからなのです。「弟の病院」と言っても「弟が経営している病院」という意味では無く「弟が入院している病院」という意味なのです。割と元気だったのでホッとしたのです。帰ってから林檎を剥き、其れを持って実の嫁の病院へと向かったのです。「嫁の病院」と言っても・・、まあ二度も言わなくてもええか。嫁は火曜の夜、初めて上向きに寝たのです。顔の浮腫みが取れ、少し人間らしい顔になっていたのです。南無阿弥陀仏。
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| ■ 嫁の目 |
2008年04月02日(水) |
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実の嫁の目が順調に回復しているのです。医者の話では手術前の視力に戻っていると言うのです。まあ、嫁に言わせれば何か小さな輪が見えるとか言い、視力は回復していないらしいのですけどね。再び医者が言うには小さな輪は目玉の中に入れた特殊ガスが10%ほど未だ残っているのでそう見える、何種類か点している目薬の影響で視力が回復してないと思う、のだそうです。其処でお勧めのメニューはと聞くと、今週金曜日に一旦退院し、来週火曜日に再入院し、水曜日の午後3時頃から左目の手術をする、此れが最適だと言うのです。どっちにしても2週間ほどは又俯せに寝なければならないのです。ず〜っと頭を垂れていなければならないのです。穴の開いた枕で顔を下にして寝なければならないのです。最初の36時間は休む間も無く下を向いていなければならないのです。其の後も出来る限り下向くのです。直向(ひたむき)に下向くのです。一方、私の方は今日は金剛登山なのです。81回目なんですが、此れが楽しいのです。ゴルフなんか糞食らえなんです。足腰を鍛えるのは老後の為に良い事なのです。えっ!もう老後だって?まあ、そうなんですが、足腰が弱って寝たきりになると、寝たきりになってしまうのです。昔「山椒大夫」が抜こうとして諦めたおばあさんが居たのです。金剛山登山道、千早本道の階段での事でした。優に80歳は過ぎていようという老婆がゆっくりと階段を登っていたのです。「山椒大夫」は抜きかかったのですが、其の安定した歩きを見て、再び抜き返される恐怖に怯えて断念したのです。鍛え抜かれた足は素人が見ても分かるのです。9時57分のバスに乗る予定なのです。ほんじゃあ、頑張って行って来ます。合掌。
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| ■ 至難の業 |
2008年04月01日(火) |
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我が家の向かいに出来た23階建てのマンションの入居が始まっているのです。ベランダに人影が見えたりとかして、そうなんやと思ったのです。日本橋はマンションラッシュで、北へ四軒目にもマンションが建ったのです。西へ三軒目にも、東へ五軒目ぐらいにも建ったのです。南へ二十軒目くらいに解体がほぼ終わりかけの物件も在るのです。此処は結構広いのです。其の南隣にも更地が有って「売り土地」と看板が出ているのです。日本橋五丁目の昔の中川無線の本店跡のマンションも完成しているのです。一階の店舗は未だ空家なんですが、マンション部分では既に入居が始まっているのです。「散髪屋の姉ちゃん」も此処に引越しするとか言っていたのです。でも、殆んどがワンルームなのです。私が住んでるこの浪速区は人の出入りが大阪で一番激しいとか聞いたのです。しかも住民票を移さずに住んでる人も結構多いとか。もう一つ、選挙の投票率が大阪で一番少ないとか、大阪自体が元々少ないので恐らく全国でもトップクラスの投票率の悪さなのです。本当は住民票を移して無い住民も入れればもっと低くなるのです。でも、私は毎回欠かさず投票に行くのです。投票にも行かずに政治の悪口は言え無いのです。ガソリン税の上乗せ部分が今日から無くなったのです。当初二年間の暫定措置だったのが34年も続いているのです。可笑しい話なのです。笑えば良いのです。捻じれ国会の為せる技なのです。参議院不要論も有るのですが、色々役人の醜聞も出て来たのはこの捻じれ現象のお陰では無いかと思うのです。特定財源が悪く、一般財源が良いとかのお話も有るのですが、我が物とするのが国土交通省から財務省に移るだけかも知れないのです。やっぱり政権交代が必要なのです。公僕に緊張感を持って頂く為には同じ政党が長々とやっていては駄目なのです。良い政治家が行政をコントロールしなければならないのです。至難の業なのです。南無阿弥陀仏。
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