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作者のプロフィール

登場人物の紹介

2004/01/31
  今朝の室温は16.5度、一週間 前 の寒波の時の10度と比較すると、もう春なのです。まあ、今後も2,3度はぶるぶるっ!とする事は有るのでしょうが・・。一昨日、私がゴルフに行ってる間 に実の嫁は姉と友達の三人で雪の金剛山に登ったのです。南海高野線で河内長野まで行き、其処からはバスなのです。椎茸センターと言うのが千早本道の登山口 に有るのです。其処を少し登った所で早くもアイゼンを付けたとの事です。其の友達というのがベテランなのです。本道から外れ、今までと違ったルートで2時 間あまりを掛けて登ったとか・・。頂上でカップヌードルを食い、別ルートで此れまた2時間掛けて下山したのです。我々夫婦は一緒に仲良く11度の金剛登山をしているのです。其して登山カードに判子を押して貰っ ているのです。私のが11個、嫁のも11個。しかし、此れで私のが11個、嫁のは12個になったのです。此れは大変大きな問題なのです。生意気にも私を追 い抜くとは・・。まあ、心の広い私としてはこの重大問題に対しても冷静な極めて落ち着いた気持ちで対処しよう・・、決してこの問題を家庭内いじめにしては いけない、ドメスティックバイオレンスにしてはいけない、夫婦別れにまで膨らましてはいけない、金剛登山 殺人事件にしてしまってはいけない、そう固く決意するのですが、悔しさは募るのです。ところで入院中の母 が低血糖発作をおこしたのです。幸い巡回の看護婦さんが見つけてくれて大事には至らなかったのですが・・。要するに病院の食事をちゃんと食べていないので す。しかも、不規則にお菓子や清涼飲料水を飲むのです。そうした生活習慣を改め、糖尿病患者としての自覚を持って頂く為に入院しているのですが、医者は本 人に其の気が無かったらしゃあないと言うのです。指導入院なのですから、其の気を持たすようにするのが本来の目的、治療やと思うのですが・・。
2004/01/30
 午前6時50分に重厚な車体と湯水 の様にガソリンを食らう其のベンツはお迎えに来てくれたのです。内装は総革張り、シートにはヒーターが入っていて革の冷たい雰囲気を癒してくれるのです。 7時35分には到着したのです。私の組には「4丁目のオーディオ屋の専務」と「元電気屋の番頭」が居たのですが参加者が一人減った為 解体される事とな り、私は西コース4組目に編入されたのでした。其処には「宝塚の元シングル」、「元松下のおっさん」、「免税のおっさん」が居たのです。彼ら三人とも既に 所謂(いわゆる)現役を退いた連中なのです。夫々順に昭和7年、15年、14年の生まれの面倒を見る羽目になったのです。しかし、此の連中案外うまいので す。午前中は46、48、49と腹立たしい事に私の50より皆良いのです。ハンデは12、21、30とかなり有利なハンデを持っているのです。まあ、早く 言えば此の一年上位に絡まなかったと言う事なのですが・・。午後からも私は50、彼らは40、51、60と夫々に頑張ったのでした。結果、「宝塚・・」が 優勝、「元松下・・」が3位、「免税・・」が4位、私が6位 と上位を独占、チーム優勝も併せてさせて頂いたのです。東コーススタートの3組と合わせて 28名が参加したのです。何と!準優勝には「2号」が68/59、HD50で入賞 小躍りして喜んでいたので有ります。「1号」も70/64、HD50、 13位と頑張ったのです。「山椒大夫」は53/53、HD22、11位、「京都に嫁の居る電気屋」が48/56、HD19、14位、「工具屋のおっさん」 は49/49、HD10、19位と落ち目な成績だったのです。べべは「素手で杵を折ったおっさん」が51/58、HD9がゲット、ブービーには「三菱の おっさん」が61/64、HD3で入り、其の一つ前の25位には「4丁目のオーディオ屋の専務」が57/55(HD17)と安定したスコア、しかもブー ビーと同じネットで入賞したのです。彼は其の他「最多OB賞」、「最多叩き賞」、「ワーストチーム賞」とゴミの様な賞を総取り、しかも何故か馬までゲット してしまったのです。此の季節には珍しく暖かで、服装もスタート間もなくウインドキルティングを脱ぎ、午後からはセーターまで脱いで真夏と変わらないスタ イルになったのです。まあ、ズボンは寒冷仕様だったのですが・・。今年、少し上手くなりそうな予感がした楽しいゴルフで有りました。
2004/01/29
 成長というものは早いもので、いえ  動物やのうて人間ですがな。「白塗り」が「京都に嫁の居る電気屋」にパソコンを教えているのです。確か、暮れに買ったのです。機種選びからプロバイダー の選択まで全部「白塗り」が段取りを付けたのです。MSNメッセンジャーを「白塗り」が始めて設定した時、「京都・・」のタイプする指先は震えがちの頼り 無いものだったのです。チャットをしていて、彼に返事を求めると「はい」の文字が中々打てないのです。先ず、「H」を探すのですが、此れに二時間、「A」 に二時間・・、ですから返事が返って来るまでには途中のタイプミスまで含めると、二泊三日はかかったのです。其れが偉いもので、最近では相当複雑な文章も 打てるようになって来たのです。昨日も、何と!「おはようございます」とお昼前に打って来たのには驚いたのです。多分かなり朝早くに起きて打ったのでしょ うが・・。そして彼が「WinMX]を始め、何と!何と!映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」をゲットしたのです。著しい成長では有りませんか!其の彼 の200万円のベンツに乗せて貰って、今日は「第175回 新木会」で「三木ゴルフ倶楽部」へ行くのです。同乗予定は「工具屋のおっさん」、「素手で杵を 折ったおっさん」なのです。「4丁目のオーディオ屋」はギックリ腰でリタイアなのです。ご冥福、いやご回復を心よりお祈り申し上げるのです。其れはそう と、昨夜 同窓会と言うか昔の仲間たちが集って世界情勢とか日本経済及び考古学等々について口角泡を飛ばし議 論したのです。場所は北新地、え〜と「春日」という料理屋なんです。淀屋橋から北へ「珈琲の青山」の手前 を西に200m入った所なのです。こう書けば簡単に行けた様に思われるでしょうが、北で飲むのは年に一度か二度、そこいらを20分ほど散策した後に到着し たのです。此の会、年に一度新年会という事で大学の同窓生10名前後が集まるのです。あっ!もうそろそろお迎えの時間なのです。ほたら、行っ て参ります!
2004/01/28
 パソコンのトラブルはほぼ解消され たのです。但し、各種ソフトのインストールと初期設定、及び諸々の登録と言う膨大な作業は残っているのですが・・。今朝の室温は15度、穏やかな朝なので す。先日、店の表をちんどん屋がにぎやかに通っていたのです。何処の宣伝かなあ・・?と思っていたところ、運良くちんどん屋の一人がチラシを持って入って 来て「宜しくお願いします」と元気に声を出し、一枚手渡して行ったのです。中身は何と!ちんどん屋の広告なのです。自分等で自分等の宣伝販促活動をしてい たのです。其の中身は、「宣伝から余興まで、ちんどん屋をよんでみませんか?」、「いま、ちんどん屋がお買い得!」、「2月限定格安キャンペーン」、「3 時間3人構成 通常価格75,000円のところ30,000円(税込)」、もう一つ、「トキメキちんどんお楽しみショー 20分 15,000円 宴会や パーティーの余興 幼稚園のお楽しみ会やお誕生会でお子様向けの出し物も承ります」、(有)東西屋<ちんどん通信社>電話:06−6764−1984、と 記されているのです。元気な若手メンバーによるプロのちんどん屋の期間限定格安パックで有りました。ところで昨夜「山椒大夫」が「1号」を連れて家に来た のです。何かと言えば、たこ焼き屋に連れて行けと言うのです。仕方が無いので嫌々、渋々、連れて行ったのです。何と!「4丁目のオーディオ屋」も一緒なの です。後から「新べべのたえこ」まで来て総勢5名で生中、お酒、焼酎を嫌々、渋々飲み、ソース、醤油、素焼き と合計90個のたこ焼きと焼きそば、豚キム チを嫌々、渋々食ったのです。一人1,500円で有りました。
2004/01/27

 パソコンの調子がやっぱりず〜と悪 いのです。まあ、色々しょうむない事をするので仕方が無いのですが・・。其処で再度フォーマットをする羽目になり、昨夜は徹夜覚悟で8時間寝たのです。何 とか第一段階はクリア、こうして雑記帳を入力出来るところまで進んだのです。ついでにハードディスクを増やし、メモリーも増やしたし、其れ等も正常に動作 しているのです。ヘップがIMEなので漢字変換が気に入らないので、早くATOK17を入れなければならないのです。USB2がUSBとしてしか認識しな いとか、ネスケが登録できないとか、よくもまあ色々とトラブルが有るものだとは思うのですが一つ一つ解決していかなければならないのです。ほてから諸々の ソフトをセットアップするという気の遠くなる様な作業が待っているのです。昔、「ミスターフォーマット」と言うおっさんが居てチョッとトラブルと直ぐハー ドディスクをフォーマットするのです。但し、今と違ってメディアは全てフロッピーディスク、Windows3.1をインストールするだけでも50枚ほどの フロッピーを入れたり出したりしなければならないのです。膨大な時間が掛かるのです。HDの容量が増え、CPUパーフォーマンスが格段に良くなり、メモ リーも大容量・安価になったのですが其の分ソフトやデータのサイズも格段に大きくなってしまったのです。ところが、こちとらの頭の容量は小さくなり、ス ピードは格段に遅くなり、メモリートラブルは多くなってしまったのです。実の嫁と結婚たのは昭和49年、あれから30年、猫を被って嫁に来た妻も豚にな り。ほてから、良く喋る様になったのです。妻の口に一度付けたい万歩計。妻もダイエットをしているのです。中高年のダイエット今食べたのは明日の分。する と、妻は言うのです。昔ダーリンだったあなたが今はダラリン。きみ まろシリーズなのです。ほた ら、またあした・・。

2004/01/26
 「日本橋麻雀倶楽部」が初の合宿を 昨日「信貴山観光ホテル」で実施したのです。総勢11名。当初「石切 セイリュー」で開催する予定だったのですが、案内に示されていた条件が前日になって 違う事が判明し急遽変更したのです。先発隊は4時ごろから出発、我々本隊5名は6時に出たのです。車を王子駅前の町営駐車場に止め、其処からタクシーでホ テルへと向かったのです。何故なら、道が凍結し特に早朝の帰りはスパイク装着車以外は無理との情報をホテルより頂いていたのです。案の定道路はあちらこち ら凍結していたのです。到着後、取り敢えずお風呂なのです。露天風呂にも入らなければならないのです。次の行事が宴会なのです。麻雀をするにも前技が必要 なのです。麻雀の話は兎も角として、朝6時45分に「工具屋のおっさん」が騒ぎ出し、やっと7時の朝食に間にあったのでした。出発は7時40分、マイクロ バスが我々8名を王子駅まで送ってくれるのです。残りの3名の内、「ごろちゃん」は夜中にタクシーで帰り、「泉佐野のおばはん」と「文の里のおばはん」は 今日のお仕事がお休みとかで10時までのたりくたりする予定なのです。「素手で杵を折ったおっさん」の車で帰った「工具屋のおっさん」、「白塗り」其れに 私の4人が日本橋に帰って来たのは8時50分。もう一台「4丁目の照明屋」の車には「素手・・の嫁」、「京都に嫁の居る電気屋」、寝坊して朝飯が食えな かった「太郎」が同乗、同じ時刻に帰阪したのは言うまでも無いのです。慌ただしい半日がこうして過ぎて行ったので有ります。
2004/01/25
 大寒波は少し穏やかになったよう で、今朝の我が家の気温は12度。起床から30分経った今の気温は14度。先日よりは2度も暖かいのです。此の2度は結構効くのです。そんな訳で比較的穏 やかな気持ちでパソコンに向かってるのです。本来なら昨日・今日とフリーマーケットをしている予定だったのです。ところが先の大寒波で一旦申し込んだ出展 者が取り消したりとか、そりゃ寒いで、此の寒さで凍死者が出るかも?とかの声が出て、結局中止となったのです。二日間の空きで仕事が結構捗りそうなので が、その他の行事は有るのです。 昨夜は「のんちゃん」の送別会。とは言っても「のら」でシャンペンで乾杯し、主人公が暖簾を出す時から暖簾を仕舞うまで居る、其れだけの事なのです。私は 遅れて行ったので「シャンペン」にはあり付けず、2度目の赤ワインでの乾杯からのスタートだったのです。「のんちゃん」が色々珍しいソーセージなどを持っ て来てくれて、其れを肴にお酒がすすむのです。途中で「もりもり」がどうしても「たこ焼き」が食べたいと言い出したのです。其処等で買って来ればええと思 うのですが、違うのです。彼が言うのは「四天王寺のたこ焼き屋」へ連れて行け!との意味なのです。話だけは嫌と言うほど聞かされ誰も連れて行ってくれない と愚痴るので、しゃあないから連れて行く事にしたのです。すると、昨夜も其処へ行った筈の「せきちゃん」が「俺も一緒に行く」と言い出したのです。彼は 「みきパパ」、「べべのようこ」と一緒に昨夜「白塗り」に連れて行って貰ったのです。仕方が無いので三人で向かったのでした。「白塗り」を呼び出し「ソー スマヨネーズ」を食い終え「醤油」を頼み、湯割りに赤ワインとお酒が美味しかったのです。「白塗り」を置いて再度「のら」に出勤、「のんちゃん」にお別れ を言い、自転車で帰って来たのが丁度零時だったのです。
2004/01/24
 母は無事入院を果たしたのです。予 め財布・バッグの類は姉が持たさなかったのですが、実の嫁が入院後持ち物検査を厳格に実施したのです。私も嫁には厳格に育てられているのですが・・。する と、ポケットから氷砂糖の大きな塊が出てきたのです。入院時に計った血糖値が400と異常に高かったのでその場でインシュリンを打たれたのです。何故そん なに高かったかは其の時は分からなかったのですが、原因は氷砂糖だったのです。食べやすいサイズの物は全部食べたのです。余りにも大きくて歯が立たなかっ た2個が残ったのです。嫁が持ち帰った其の氷砂糖の小さい方を私が食べてやろうと思ったのですが、余りに大きく金槌か何かで砕いてからでないと食べられな いと思い断念したくらいなのです。お金も当然持たさなかったのです。何故なら、売店で買い食いをしたり自動販売機でコーラ等を買うのを防止する為なので す。勿論、お医者さんの指示なのです。ところが、ポケットから何と!現金10万円が出てきたのです。其れに眼鏡ケースにも2千円が隠されていたのです。嫁 の追及は周到を極めるのです。私も何時もそうされているのですが・・。多分、母は其れでも、まだ何処かに隠し持っていると思うのです。此の母にお医者さん は本当に「正しい糖尿病患者の生活習慣」を教える事が出来るのでしょうか?まあ、無理やとは思うのですが2,3週間の指導入院がこうして始まったのです。
2004/01/23
 なんて言うか、メッチャ寒いので す。我が家の居間の暖房はホットカーペットと小型電気温風器のみなのです。今朝、起きて来て寒暖計を見れば僅か摂氏10度、其れを見ただけでも寒さがつの るのです。暖房を入れて約30分、現在12度なのです。私の出で立ちはパジャマにどてら、足元にはフラット足温器、身体を丸めてもやっぱり寒いのです。凍 える手でタイプしているのです。このパソコン、今 トラブルの真っ最中。何が異常なのかと言えば、ファイルの転送が通常の5倍から10倍の時間が必要、作 業中に突然電源が切れる。これらは現在の状況なのです。何故現在かと言えば症状が刻々と変化するのです。別に手を拱(こまね)いている訳では無いのです。 OSを修復インストールしたり、新たにインストールしたりしたのです。一部の機能は回復するのですが、また新たなトラブルが発生するのです。こうなればシ ステムドライブをフォーマットするしかないのです。実は昨日、其れをしようとしたのです。ところが、このOS WindowsXP はシステムドライブは フォーマット出来ないようになっているのです。XPが誇るセキュリティーの一部なのでしょうが、小さな親切大きなお世話なのです。しかたが無いので、違う ドライブにシステムを入れるか、ハードディスクを取り替えるか、まあ色々算段はしているのですが、兎も角寒いのです。パソコンもアホなら私の頭の働きもフ リーズしているのです。実の嫁が起きて来て、暖かい朝飯を用意して頂いてから考える事とするのです。あっ!今、嫁が起きて来たのです。何時もより早いので す。実は今義母が来られていて今日日赤病院に入院するのです。それで早起きしたのでしょう・・。現在時刻は午前7時34分。入院と言っても2週間程度の指 導を仰ぐ為の入院なのです。糖尿病患者の正しい日常生活の送り方を勉強するのだそうです。多分、病院の自動販売機で美味しいコーラを飲みながら・・。
2004/01/22
 「山椒大夫 夫妻」の二日目のゴル フは結局焼酎を自棄(やけ)飲みするのみで有りました。「太夫」が107、嫁が沢山、せっかくキャディーが付いたのに、まあ ゴルフというものは難しいも ので有ります。宮崎発午後7時20分のJASで伊丹へ帰って来たのです。丁度、そんな連絡が有った時私はお通夜に向かう途中だったのです。近所の氷屋のお ばあさんが亡くなられたのです。享年99歳。心よりご冥福をお祈りするのです。雨はほとんど上がったのですが、葬儀場の会館前に張られたテントに溜まった 雨水が折からの強風に煽(あお)られドバッと零れ落ち、可哀想に下に居た弔問客はびしょ濡れ、葬儀屋の兄ちゃんが机を動かしたり、予め雨水を落としたりと 大変で有りました。其処へいきなりの突風で後ろの荷物を置いてあった机が倒れたり・・。いよいよ本格的な真冬入りを感じさせる天気となってきたので有りま す。余談になるのですが、今時氷屋なんて、と思われるでしょうが結構需要は有るのです。だって、家で作った氷よりは透明感も素晴らしいしよっぽどか美味し いのです。製氷会社で作られた基の氷は120Kg。36貫と呼ばれているのです。是を氷専用の定置電動丸鋸で切り分けていくのです。一般的に言って、一番 大きいのが30cm角の奴、重さ20Kg、1800円なのです。ビニール袋に包まれダンボールに入っているのです。次が3貫目、1貫目ごとに切れ目が入っ ているのが1200円。9等分切りは真四角でカキ氷の元となるのです。1.5Kg入りのかち割りが200円。是は薄くスライスした氷を機械で砕き、小さい ものを除いて袋詰めにするのです。店によっては手作業で砕くのです。一度、袋詰めしたものをマイナス20度の冷凍庫で一日置くところが味噌なのです。面白 いのは丸氷。直径が55mmのと65mmのが有るのです。6個と5個入って300円。是は一個づつ板氷を機械で削って丸くするのです。其れに料理屋などで 出される氷の器。カキ氷を固めて有るのです。何種類か形が有ってそれぞれ100円で販売されているのです。余談が長くなったのですが、真冬に氷のお話もえ えんやないかなあ、と思う今日この頃で有ります。南無阿弥陀仏。
2004/01/21
 昨日から「山椒大夫」が嫁を連れて 宮崎へ行ってるのです。離婚旅行とかと違って仲良く行ってるのです。勿論、出しなにお母さんに「喧嘩したらあかんよ!」と釘は刺されているのです。1泊2 日2プレーの旅行なのです。2プレーと言ってもゴルフの事なので誤解しないで頂きたいのです。実は「あったか南国ゴルフ 宮崎2コース 2プレー 2名1 室 2名プレー」に申し込んだのです。伊丹空港午前6時10分集合で初日「ニュー愛和大淀ゴルフクラブ」二日目「ニュー愛和宮崎ゴルフクラブ」泊まりは 「ニュー愛和リゾートホテル」なのです。初日の成績は105と130で相変わらずだったのですが、彼等は運転が出来ないのです。嫁の方は免許証は持ってい るのですがペーパードライバーなのです。亭主は全く駄目なのです。前にもカートを池に放り込みそうになったり、Y字型三叉路を直進したりした前科も有るの です。何れも修復する事も無く知らぬ顔で現場を立ち去ったのでした。今回は嫁の運転だったのですが急な下り坂の曲がり角で引っ繰り返る一歩手前まで行き、 亭主の顔が引きつったとか・・。彼等には歩きのゴルフが似合っているのです。でも、初日は不幸にもセルフで乗用カートだったのです。二日目はキャディーが 付くの無事に帰って来そうなのです。食事も夕朝が付いていて、昨夜はホテルのレストランで和会席だったのです。130名ほど宿泊出来るホテルなので、レス トランは24席96名が一度に食事できるのです。ウエイトレスは3名。ところが、レストランの客は「山椒大夫夫妻」の他には誰も居ないのでした。気恥ずか しかった、と何時に無く初心(うぶ)なお話をお聞きしたのです。昨夜の宿泊客は19名だったとか。今日は80台で回るとか豪語しているのです。其処で80 台でご祝儀をお出しする事にし、ついでに嫁にも120を切ればご祝儀を申し出たので有ります。
2004/01/20
 昨日、「OSコマース」の勉強会が 有ったのです。国際的なコミュニティで開発が進められているオープンソースのE・コマースソリューションなのです。このパッケージを導入することで、バー チャルショップの構築、運用、メンテが最小限の労力とコストで実現できるのです。主な機能としては、商品カタログ機能、検索機能、バスケット(カート)機 能、新着商品機能、バイリンガル機能、発送機能、決済方法選択機能、メーリングリスト機能等々が有り、従来方法で発注すると数百万円程度の見積もりが出る くらいな多機能ソフトです。是がイニシャルコスト25万円、ランニングコスト月々1万5千円程度で構築できるのです。しかも其のメンテが専門的な知識の無 いアルバイトでも出来るのです。日本橋筋商店街振興組合、でんでんタウン協栄会加盟店に限らず広くバーチャルショップを運営する計画をお持ちの方は「日本 橋まちづくり振興株式会社 OSコマース係り」(エフプロジェクト 担当 藤原 06−6648−6790)までお申し込み下さい。なんてコマーシャルで 始まる雑記帳なんて面白くも無いのですが・・。
004/01/19
 実にくだらない会が有るもので、其 れに入っている自分がアホやとも思うのですが、其れがまたええのかなあとも思うのです。私は学生時代にちょっとやった事が有り、其の後もたまにG1を買う 程度だったのです。其れが昨年「のら G1の会」が発足し入会したのです。入会金5千円を支払ったのです。発起人は「山椒大夫」なのです。彼が考えたのは 皆から集めた入会金をG1レースに投入し利益を上げよう!というものなのです。我こそは競馬の天才と自称する胡散臭(うさんくさ)い連中が自分の予想で馬 券を買うのです。的中したのは「山椒大夫」が2回、56,300円。「ハム屋のおっさん」が1回、49,000円。「さぶろうさん」が3回、23,850 円。「でんちゃん」が1回、9,400円。合計141,350円、是が昨年後半に的中した金額なのです。会員数は28名、まあまあの成績なのです。結果が 良ければ「太政」のてっちり、悪ければたこ焼きだったのです。其の中間の御堂筋三ッ寺の中華料理屋「青冥」が昨夜の「第一回 のら G1の会」の新年会会 場となったのです。集まったのは23名、どんな奴が会員かと言えば前出の連中の他「のら親子」、「素手で杵を折ったおっさん」、「京都に嫁の居る電気 屋」、「4丁目のオーディオ屋」、「白塗り「下駄屋のおっさん」、「4丁目の照明屋」、「せきちゃん」、「てっちゃん」、「べべのようこ」、「新べべのたえこ」、「くっさ ん」等々代わり映えのしない連中なのです。実の嫁に言わせば、なんじゃかんじゃ言って何時も同じメンバーやんか、となるのです。なるほどと頷(うなづ)く 自分が悲しい今日この頃で有ります。
2004/01/18
 遠縁のおじさんが亡くなられたので す。義姉が代表して弔問に出かけたのですが、場所は相模原市橋本、新横浜から40分ほど掛かるのです。葬儀は12時半から、朝7時に出たらええと言ってい たのですが出立は8時前。当然、到着時間は開式の10分前、まあ何とか間にあって良かったのですが・・。すると母は一人残されるのです。其処で家(うち) に来て頂こうと言ったのですが本人がいやだと言うのです。まあ、たまには誰の監視の目も無いところで好き放題したかったのです。でも、実の嫁は其れを許さ ないのです。今年10度目ぐらいの里帰りを果たしたのです。そして姉が帰ってきた午後7時まで終始母に目を注いだので有ります。母はかなり立派な糖尿病な のですが、コーラ・ジュースの類が好きで、放っておけば溺れる位に飲むのです。勿論、血糖値は鰻昇りなのです。医者は、ちゃんと管理出来ないのやったら病 院へ来ても意味が無い、と言うのです。其の言葉嫌さに母に色々言うのです。私としてはもう少し好きにさせてやればと無責任に言うのです。でも、今月中には 指導を受ける為の入院をしなければならないのです。そんな訳で午前中有った歩行者天国がらみの会合帰りに「白塗り」と一緒に「ポミエ」で飯を食ったので す。「かつ玉」なんですが、カツ丼の飯と具が別々のものと思って頂ければ良いのです。是が結構美味しいのです。近所にカツ丼の専門店が有るのですが、其処 のと比較して、肉は厚く、卵は多く、味噌汁も付き、ご飯も大盛りなのです。何時もは、ご飯半分、と言うのですがこの日は「白塗り」が、ご飯少な目、と言っ たのです。当然、食いすぎの気分に二人ともなったので有ります。夜の「日本橋麻雀倶楽部」の食事も「ポミエ」謹製なのです。同じトンカツを食うのは嫌なの で、焼肉定食をお願いしておいたのです。夜、倶楽部に行くと「なんでサーちゃんのだけ、名前が書いて有るのん?」と聞かれたのです。「白塗り」のんも書い て有るやろ、と言ってやったのです。彼はハンバーグ定食を指名していたのです。
2004/01/17
 昨日は昼間に「地域情報版ニュース 配信に関する打ち合わせ」をしていたのです。是が実現するとアーケード下の102枚の情報版で一斉に最新のニュース及び天気予報等を表示出来るのです。3 月1日からの実施を目標に今月末までにプログラムの製作を終え2月からは実際の動作試験をする予定なのです。ニュース一本は30文字、経済・社会・スポー ツ等のジャンルで一日50本以上もメールで配信されるのです。其の中からどう選ぶか?とか何本をまとめて表示するのか?とか天気予報は大阪だけの分を流す のか?とか色々検討課題が有るのです。今回契約するのは読売なので、ニュースの頭にヘッダーと呼ばれる「読売新聞ニュース」と言う文字を流すのですが、こ れが5.5秒。其れに本体が30文字なんですが途中区切りを付けるため40文字を使用する事となり、これが22秒かかるのです。どうするのが一番見やすく 有効か?これも検討課題なのです。しかし現在のパソコンなら訳も無く処理できる事が表示板では中々難しい事が多いのです。何故なら其の内部には10年も前 のサーバーが使用されているのですから・・。通常の表示には問題は無いのですがリアルタイムの表示には種々問題が発生するのです。其れを一つづつ解決しつ つ目標を達成しなければならないのです。夕方には某メーカーの懇談会が有ったのです。初めに宣伝販促に関する勉強会が有り、其の後懇親会に入ったのです。 帰りに「毘沙門の照明屋」と「4丁目のオーディオ屋」とで「のら」に行ったのです。「白塗り」、「京都に嫁の居る電気屋」、「4丁目の照明屋」が吊るんで タクシーに乗ったのです。「のら」に来なかったところを見ると多分「四天王寺のたこ焼屋」へ行ったと思われるのです。こうして日本の平和な一日が暮れて 行ったので有ります。
2004/01/16
 朝、9時15分にお迎えが有って リーガ・ロイヤルまで拉致されたのです。某メーカーの新年会なんですが新商品の展示会でもあるのです。視野角のメッチャ広い液晶テレビ、大型45インチ液 晶テレビ、3D立体液晶テレビ、液晶画面そのものが振動子となったスピーカーレス液晶テレビ、超高精細液晶ディスプレイ等々新規開発の製品が展示されてい たのです。超高精細なんて物を見ようと思えば勿論、老眼鏡が要るのですが・・。液晶以外でも新方式のバイオ生ごみ処理機、ほておもろいのが「ウォーターレ ンジ」。こいつは一旦100度の水蒸気を発生させ是を更に300度まで加熱するのです。そうすると驚いた事にスティームで焼き鳥が出来、焦げ目まで付くの です。食ってみたら腹が減ってるせいか、とっても美味しかったのです。あと洗剤を使わず塩が作り出す硬水で洗う食器洗い乾燥機とか・・。まあ色々な物を開 発するものです。有り難い事に電気屋は売るものには困らないのです。其の後の社長による年始講演が心地よい子守唄代わりに耳に優しかったのです。ほてから 立食パーティー。豪華な食材を惜しげも無く使用した料理が出たのです。残念ながらダイエット中の身、前菜を少々、小茶蕎麦、寿司を三かん、お造り、ビール コップ一杯、水割り三杯以上なのです。家に帰ると2時前、実の嫁を連れて一路和歌山県橋本市へと向かったのです。いえ、勿論 車では無く南海高野線の急行 で向かったのです。降りる駅は紀伊清水。歩いて20分の山の中に従兄弟の家は在るのです。彼の次女に結婚祝いを持って行ったのです。ところが急に思いつい た事、居られたのは留守番の叔母一人だったのです。他は皆、結婚式場が在る大阪南港まで出かけたと言うのです。でも、無事お祝いをお渡しし、難波まで戻っ たのは6時過ぎ。嫁がお好み焼きを食したいと言い、ダオーレに在る「ドンキホーテ」で地中海焼きを二人でつついたので有ります。其の後、一寸「のら」へ 寄って帰ったら9時過ぎだったのです。品行方正な私で有ります。
2004/01/15
 新人というものは有り難いもので使 い古したネタでもピチピチの新鮮なものとなるのです。昨夜、我社の新年会を「民族村」で開いたのです。「民族村」と言っても「千早赤阪村」の隣に在る訳で は無く、大阪市中央区宋右衛門町1-22(電話:06-6212-2640)に在る韓国料理・焼肉屋なのです。15名なんですが店でのやり取りでは余り下 ネタは使わないのでこう言う時はチャンスなのです。ワンセット5本ほどご披露したのです。是が結構うけるのです。何時もの連中には聞き飽きたと言われる し、こちらも言い飽きたのですがこう言う機会はまた別なのです。色々な方が居られお話を聞くと面白いのです。一人、泉佐野から通っているおっさんが居るの ですが、毎朝4時半には起きるのです。そして7時半には出勤するのです。何故なら嫁の起きるのは6時、飯を食うまで間が持たないし、飯を食った後も間が持 たないのです。ですから、そそくさと家を出るのです。会社は残業を望まないのですが早朝出勤については気づかず見過ごしていたのです。しかし、最近気づい たのです。彼の早朝出勤も最早此処迄、今後どうするのでしょうかねえ・・。そして昨日は「ノー残業デー」で6時には会社を追い出され、新年会の開始時間7 時半まではこれまた間が持たず、知ってる電気屋に行ったのですが此処も既に閉まっていたのです。世の中中々思うようにはならないのです。無理に開けて貰っ て時間を潰したとか・・。其の彼が既にお眠モードとなられたところでお開きとしたので有ります。
2004/01/14
 昨日は2時から延々4時間余りも会 議が続いたのです。ビジョン委員会と日本橋まちづくり振興株式会社の集まりなのです。今月、24日、25日は当初素人演劇をやろうか?という話も出たので すが詰めて行くと2週間やそこらで出来る話では無い事が分かって来たのです。3ヶ月も練習を重ね、やっと発表する、そんなプロセスが必要なのです。何分に も全て初めての経験なのです。其処で今回もフリーマーケットで行こう!と話は決まったのです。会員各位の出店を是非お願いしたいのです。人手が無く出店が 不可能なお店は、不用品のご寄贈をお願いしたいのです。其れが商品アイテムを増やし、フリマがより充実したものになる一つの方策なのです。其の次の2月7 日、8日もフリマを実行する事に決めたのです。1.8m角のスペースを一日4千円で提供しているのです。若干単価は上がるものの車での出店も申し受けてお ります。詳細及びお申し込みは「エフプロジェクト 電話:06−6648−6790(担当:藤原、楠瀬)」まで。前回二日間での来場者数は5,500名と 予定の1600名を大幅に超えたのです。それはそうと11日に姉の三男に女児が誕 生したのです。彼が生んだのではなく彼の嫁が3264gまで子宮で10ヶ月かけて育てたのです。名前は彩花(あやか)、写真もメールと一緒に送って来てく れたのです。「やっぱり父親似かなぁ」のコメントが有ったのです。現在、私の携帯待ち受け画面になってしまったのです。
2004/01/13
 今週は7日しか無いのに新年会が5 つも入っているのです。1月の新年会は13件、既に6件をこなしたので残りは7件、まあ生きて行くという事は大変な事で有ります。勿論、お断りしたのも4 件ほど有るのです。気の弱い私としては4件もお断りするのが精一杯だったのでしょう・・。昨日はスイスホテルで有ったのですが、定刻に始まり乾杯までの時 間は58分、まあかなり長いのですが中々の運営だったのです。定刻に始めるというのは大変大事な事なのです。何故なら早くから来て待っている人が居るので すから。遅刻してくる人よりもそういう人達を大切にしなければならないのです。最近我々の間で流行っているのがウエルカムドリンクといきなり乾杯という奴 です。挨拶は後でするのです。ほたら、ザワザワとして挨拶にならないという説も有るのですが、本当に良い挨拶なら聴衆をシ〜ンとさす事が出来る筈なので す。悪い挨拶は聞きたくも無いのです。挨拶は口先だけで美辞麗句を並べれば良いというものでは無く、心を込めなければいけないのです。と言って私が立派な 挨拶が出来るかと言えば無理なのです。ですから挨拶を頼まれてもしないのです。精々司会の真似事位が精一杯なのです。昨日は二次会に難波から四天王寺まで 歩いて行ったのです。しかも其処は「たこ焼き屋」なのです。20分も歩いて連れて行かれたのです。先導者は「白塗り」なのです。彼等は一昨日も行ったらし いのです。暮れに其処を「5丁目のオーディオ屋」に紹介して貰ってから「白塗り」はもう10回ほど通っているとか。可愛い女の子が居るので、其の子がお目 当てなのです。たこ焼きを肴にウダウダ言って1時間余りで品行方正な私は先に帰ったのですが、一昨夜は焼酎を2杯飲んで三人で2500円だったとか、千円 を置いて席を立ったのです。フラフラと学園坂を下りるのも乙なもので有ります。
2004/01/12
 フリマ二日目も好天に恵まれ順調に スタートしたのです。アーティストも「Tammy」(http://www.sweet.jp/tammy/)を加えボリュームアップし好評で有りまし た。彼女は山下達郎の名曲「SPARKLE」のカバーをしているのです。達郎の番組でも取り上げられ人気上昇中との事で有ります。今回の反省点としては 「デジタルフリーマーケット」と題したので一般系の人達が遠慮したようなのです。取り敢えずは参加者を増やす事に主眼を置き「日本橋フリーマッケット」と かハードルが低くなるような工夫が居ると思われるのです。また有り難い事に天気に恵まれたのですが、オープンスペースでの事 雨天中止となった場合、一応 の取り決めはしてあるのですがもっと詰めたマニュアルが必要なのではと思うのです。其れにオークションが結構受けたので是を定着させればお目当てで来てく れるお客様も増えるのではと思うのです。要するに点数を増やす必要が有るのです。ただ、マイクを握る者の負担が大きくなるので二人か三人で交替する必要が 出てくると思うのです。もう一つ、一般の家庭でも不用品の類(たぐい)が一年もすれば大量に出る訳ですから商売をしていればもっと大量に出るのです。です から其れ等の物を組合に寄贈、またはまち会社で単価1円で買い上げ其れをフリマとオークションで販売しアイテムの充実を図るのも良いかなあと思うのです。 収益は組合に還元すれば宣伝販促活動等に使える原資が増え加盟店のメリットにもなるのです。其れと余りにも準備期間が短過ぎ周知徹底が出来なく出店者が少 なく残念に思うのです。次回は2月7日、8日なのです。時間は十分有るので是非皆様方のご出店をお願いしたいので有ります。昨夜は某議員の新年総会が有 り、参加させて頂いたのです。しかし5時半開始の予定が15分ほど遅れ、しかも挨拶が一時間以上も続き、初めの一滴のビールが喉を越したのは7時10分前 となったの です。まあ、皆が遅れて参加されるのも良く理解出来るので有ります。挨拶が長いので皆が遅れて来る、開始時間が遅れる、悪循環で有ります。是も反省点が多 いのではと思ったので有ります。
2004/01/11
 昨日は新年会の名簿の整理とかで朝 7時から仕事をしていたのです。9時にはフリーマーケットの会場で有ります日本たばこ産業前へ出勤したのです。「へのもと」初め出展者の「山椒大夫」も 「1号」を連れて来ていたのです。埋まったブースは5ブース。デジタル系が3ブース、訳の解らない系が2ブースなのです。慌ててドタバタと準備したのでこ の程度なのです。其れでも一応格好はつき、正午に開店したのです。一方、インディーズで有ります「Mayuライブ」の準備も着々と進んでいたのですが、 困った事が起きたのです。今回、電気の供給が無かったので自家発電の予定で発電機を二台用意していたのです。ところが其の二台共が起動しないのです。近所 の自動車屋に持ち込んだのですが直ぐには治らないと言うのです。其処で急遽「工具屋のおっさん」の所で調達し何とか間に合わせたのです。1時、3時の二回 ライブを開いたのです。アーティストの名前は「古川麻友」、迫力の有るアコースティック演奏と綺麗で透き通った声、用意した自作自演のCD「想灯(おも い)」・「青空」も完売したのです。近くオムニバスアルバム「natural woman vol.3」もリリースされるのです。2月2日には心斎橋NESTSLOONでライブもするそうです。詳しくは、http: //ip.tosp.co.jp/i.asp?=mahyou をご参照下さい。演奏の合間のオークションも盛り上がったのです。勿論、マイクを握った 「えふぷろ2号」の声は擦れてしまったのです。予定していた入場者800名を大幅に上回る約3000名が来場したので有ります。フリーマーケットは5時ま でなんですが、私は5時から「えべっさん」で笹売りの内職が有るのです。髪の毛は埃り塗れ、靴は真っ白、鼻 くそは真っ黒になり、打ち上げが終わったのは午前1時30分。家にたどり着いてのお風呂が本当に気持ち良かったので有ります。今日もフリマとライブは同じ スケジュールなのです。是非、皆様ご来場下さい。
2004/01/10
 毎日 実の嫁は病院へ通っているの です。なに指の消毒にでんがな。ほて、昨日あたり抜糸してもらえると思っていたのですが、連休明けやと言われたのです。昨日は朝からでんでんタウンの理事 会が有ったのです。10時からという事だったのですが、手帳 いや携帯電話には10時半と書いて有ったのです。其処で未だ来ない私を催促しようと事務局長 が携帯に電話を入れたのです。しかし彼は充電中、モードはマナー、当然私に電話が有った事を知らせる事が出来なかったのです。暫くして有線電話に「5丁目 の部品屋」から呼び出し音が鳴ったのです。彼の方はマナーモードでは無かったのです。其処で私が電話口に出る事となり、遅刻している旨が伝えられたので す。しかし、私の中では10時半の段取りで、嫁は母を連れて病院なのです。そして帰りには自分の病院へ寄るつもりだったのです。其処でもう少し遅刻する事 をお詫びしたのです。理事会が終わったのは約1時。其の中で今日・明日 JT前の駐車スペースでフリーマーケットとインディーズのバンド演奏が有る旨報告 したのです。詳しく言えば「日本たばこ産業株式会社 JT難波ビル玄関前駐車場」で「12時から17時まで」の予定で「デジタルフリーマーケット」と「1円オークション」と「”Mayu”ライブ」 (http: //www.comeland.jp/natural-woman/index.html)が「日本橋まちづくり振興株式会社」の主催で開催されるので す。「山椒大夫」のところも出店するそうなのです。そして私の其処への出勤時間は9時、17時からは「えべっさん」で笹売りのお手伝いが23時まで、打ち 上げてご帰宅は多分午前様、16時間ほどの労働となるのです。大変ですわ。
2004/01/09
 昨日は定休日の木曜日にも関わら ず、ゴルフの予定は入れて無かったのです。冬の金剛山に実の嫁と一緒に登ろうと予定していたのです。ところが、母が木金と日赤病院へ行かなければならなく なり当家に来られる事となり、急遽 姉も含めて4人で昼食会をしよう、と言う事になったのです。しかし、予定は未定とは良く言ったもので、日赤まで付き 添っていた姉の調子が悪くなり母を当家まで送って来たものの再度外出する体力・気力が失せていたのです。其処で嫁は急いで有り合わせの物で食事をこしらえ たのです。そう言う事でお昼の懐石を頂く筈が、メインディッシュが玉子焼きの昼食会になってしまったのです。まあ、姉の気分は少しは良くなったようで一安 心したのですが・・。そんな事で昨日は一日中仕事をする羽目になってしまったのです。そして今日の診察は午前11時から、母と嫁が家を出るのは9時40 分。私も10時半からでんでんタウンの理事会が有るのですが、店のスタッフが出勤するのが丁度其の頃、少し遅刻する可能性も有るのです。まあ、八百万(や およろず)の病気をお持ちの母を抱えていると予定の変更は日常茶飯事になるのです。其の昔、母と嫁とが香港へ旅行した時、母が発病し日本語の分からない医 療スタッフに嫁の超心細い英語で症状等を伝えようと苦労した、との話を思い出したのです。其の点日赤では何と!日本語が通じるのです。今朝の新聞にNEC が掌(てのひら)サイズの翻訳機を開発した、との記事が載っていたのです。日本語、英語双方向に翻訳出来るのです。しかも、音声認識なので、例(たと)え ば日本語で喋ると約1秒後に英語に翻訳し、翻訳機が英語で喋ってくれるのです。勿論、画面には双方の文字も表示されるのです。年内には商品化され、価格も 電子辞書並みにするとの話なのです。新しい時代の幕開けの始まりとなりそうなのです。
2004/01/08
 葬儀は11時からだったのです。出 棺前に喪主が皆に御礼の言葉を言われたのですが、涙のみで有りました。帰りに近所の喫茶店で休憩したのですが「近所のおっさんA」、「近所のおっさんB」 の話が面白いのです。二人は神主の真似事をしていると言うのです。以前「B」の会社に税務調査が入ったのです。訳の分からない話をしている内に神さんの話 が出たのです。すると其の査察官が非常に興味を示したのです。実は彼の税務署が祟(たた)られていると言うのです。気が狂(ふ)れたり狂れかけた者が四人 も出たと言うのです。一度見に来て欲しいと乞われて行って見ると、ある席に座っているおっさんが急に喋りだし止まらないのです。彼はすごく重いものが背中 に圧(の)し掛かっていると言うのです。彼の背中にはサロンパスが所狭しと貼ってあるのです。まるで何かに取り憑(つ)かれている様子で喋るのです。やは り何か霊に取り憑かれているのは間違い無いようなので神棚をこさえるのが良いと言ったのですが、政教分離と言う事で役所内に神棚は無理だと言われ、是非お 祓(はら)いをお願いしたいと言われ、其れなりの事をしたのですが中途半端に終わったのです。その後も異な事が起こり、何故か国土交通省から正式に降霊の 儀をして欲しいと「B」の所に依頼が有ったのです。税務署は財務省の管轄なのですが、其の建物の管理者は国土交通省なのだそうです。「A]を祭主に「B」 と二人で出かけようとしたら92歳になる「近所のおばあさん」が「私も心得が有るので一緒に行ったる」という事になり三人の勇者が税務署に出かけたので す。やはり年の功、彼女が中心になりお祓いの儀式が滞り無く行われ、結果も上々だったのです。所がすっごくお元気だった彼女がお祓いの後体調を崩され急逝 されたと言うのです。「おばあさんが税務署に取り憑いた霊を頂、其れを道連れに亡くなられたんや」と「B」は言ったのです。清めたまえ祓いたまえ〜。
2004/01/07
 お通夜だったんです。友達の25歳 になる長男が交通事故で亡くなられたのです。式は沈痛なものでまるでお通夜の様で有りました。正月の三日夜に1200ccの単車で天王寺駅前を北進中に事 故に遭ったのです。目撃情報によると50メートルほど手前からフラフラと走行していたらしく、単独事故の可能性も有るのですが、其の目撃以前に何が有った かは調査中との事です。単車の腕前は一級との事ですので何が有ったかは今のところ神のみぞ知るところなのです。身体の上にのしかかった重量級の単車に圧迫 され内臓破裂でほぼ即死状態との話なのです。最終的には右折れ待機中の警察のワゴン車に衝突したのです。四日の朝刊にも事故の様子が報道されていたので す。痛たましく掛ける声も無かったのですが、ご両親は気丈に振舞われていたのです。・・と言いながら声は掛けたのです。「まあ、思われへんやろけど、好き な事をして死んだんやから本人は本望やったやろう、と思うしか無いやろ」と言ったのですが、親としては自分自身を責めている様子なのです。曰く「俺がもっ ときつく単車に乗るのを止めていれば・・」とかの話なのです。10年ほど前の「例のおっさん」の長男が遭遇した同じく単車の事故を思い出したのです。彼は 高校二年生だったのです。右折待機の車に突っ込んだところまで同じなのです。一人っ子を亡くしたご両親の心の叫びを痛切に感じたものです。同じ事が繰り返 されたのです。あの時、直ぐに店で使用していたスーパーカブを金子モータースへ持ち込み処分を依頼したのでした。子供にも思い切りきつく単車に乗る事を禁 じたのです。逆縁は堪らないのです。生前、母は幼くして亡くした私の兄たちの事を思い出す度に涙していた事も偲ばれるのです。私がした唯一の親孝行は親よ り長生きした事なのです。南無阿弥陀仏。
2004/01/06
 色々用事が多くて午前中が潰れたと ころへ「へのもと」から電話が入り、午後からも会議という事になったのです。夕方には「山椒大夫 夫妻」がご丁重にも年賀に来られたのです。亭主の方はも うお神酒が入っていたのですが、其れは1時間ほど前に「1号」と既に当店を訪れ、ぐい飲みでそこそこ飲んでいたので有ります。まあ、いっぺん「のら」にで も行こうや、と言う話になり八時半ごろに行ったのです。何時もながら超満員だったのです。喧しくて騒がしい連中が芋の子を洗うが如く居るのです。10人満 席のところへカウンターの角の所へ補助いすを置いて「きたさん」が座っていたのです。「4丁目のオーディオ屋」と二人で行ったのですが、まあ皆気が利くと 言うか席を譲ってくれるのです。しかし、帰ると言って席を立ってからが長いのです。そうこうしている内に「工具屋のおっさん」、「くっさん」が来て、席を 譲る者がまた増えたのです。「たーちゃん」、「白塗り」も来たのです。そして何時もの様に帰ると言ってからの最長滞在時間を誇る「さぶろうさん」が帰ると 言うたのです。勿論、其れからが真骨頂、同じ話の繰り返しなのですが、皆が面白がって又囃し立て繰り返さすのです。結局、一週間分溜まった新聞を読むため 早く帰らなければと言って席を立ってから30分の時間が経過したところで本当に帰ったのです。暫くして来たのが「ハム屋のおっさん」だったのですが、彼の 曰く「俺が行ってた店に「さぶろうさん」が来て、追い出されたんや」。結局、「さぶろうさん」は口とは裏腹に未だ飲み続けているのです。
2004/01/05
 昨日は初店、開店前に薦被りの樽酒 で新春を皆で寿いだのです。其の後、珍しく訓示をたれ年頭を引き締めたのでした。まあ、穏やかな初商いで有りました。「某メーカーのおっさん」が年始の挨 拶にわざわざ来られたので、日本橋を潰したのがあんたとこやて言われんようにしてや、と一応年始のご挨拶をお返しさせて頂いたのでした。次男の信治がお昼 の新幹線で宇都宮へと帰ったのですが、実の嫁が新大阪まで見送ったのです。しかし、嫁は改札口を通る事が出来なかったのです。家を出しなに「改札口の所ま でで帰ってや」と言われていたのです。「そやんと送っていらん」とも付け加えられていたのです。まあ、親にしたら幾つになってもあの小さかった我が子のイ メージが焼きついているのです。少しはキタキツネを見習えばええと思うし、嫁にもそう言うのですが無理なようなのです。キタキツネは子供が自分で生きて行 ける目処が立てば子供を追い掛け回して噛み付くのです。初めは戸惑っていた子供も身の危険を感じるほどの母親の血相に諦め、巣離れするのです。既に巣離れ している子供を愛しく追いかけ嘗め回す我が嫁と比較すると滑稽ですらあるのですが、まあええのです。人間の母親はそんなもんなんでしょう・・。夜、長男の 友冶が来たのです。てっちりが一人前有るのです。嫁は私に言ったのです。「野菜とかは食べてもええけど、身は食うたらあかん」とてっさを長男の前に置きな がら言うたのです。私の前にはローストビーフが二切れ置かれていたのです。私はどちらかと言えば・・。
2004/01/04
 「のらの会 番外編」は我々に微笑 みかけるが如き穏やかなお正月の日差しに見守られ る中、4組15名の参加で大々的に 開催されたのです。私も久しぶりに好スタートを切ったのです。ボギーが4ホール続き、パー、バーディー、3ホールを残して3オーバー。パーが続けば30台 も夢では無かったのです。ところがどっこいそうは行かないところがゴルフなのです。次のロング、ティーショットを池に掘り込み、サードショットとなるバン カー越えのアプローチ をザックリ、バンカーからホムラン、奥のバンカーからのショットは絶妙だったのですが僅かにオーバー再度元のバンカーにお入りになられたのです。今度は完 璧 なショットでピン側に寄せワンパットで沈めたのですが結局ペナルティーも入れて9になってしまったのです。後のホールをボギー、ダボで締め括って45と なったのです。まあ、そ れでも近来まれに見るスコアなのです。午後からは何時もに戻って56、結局トータル101としょうもないスコアとなってしまったのです。でも、明るい希望 が少し見えてきたような気がするのです。優勝は「携帯電話を4個持ってるおっさん」が41/50で、準優勝は「ハム屋のおっさん」が45/51で、3位は 「もりもり」が53/55でそれぞれゲットしたのです。私はハンデ20.4で9位、べべは56/70で「くっさん」、そしてブービーは久しぶりに「べべの ようこ」が58/66で獲得したのでした。表彰式は笠屋町「のら」の在るビルの一階一番奥の高級料亭「でん」で執り行われ「下駄屋のおっさん」、「たー ちゃん」、「かいちゃん」も加わり盛り上がったのです。これでお正月も終わり、今年も一年頑張ろう!と沸々と闘志が湧き出て来るのです。頑張るぞ〜 !
2004/01/03
  正月だと言うのに精一杯寝て、昨日の朝の目覚めは7時だったのです。おせちを皿に取り、其れを肴に純米吟醸を240cc、これが朝 飯だったのです。蒲鉾三種、ごまめ、鱈子の甘辛煮、小芋、牛蒡、筍、捻じり蒟蒻、人参、筋子の粕漬け 以上が献立なのです。結構酒がすすむのですが小グラ ス三杯に止めたのはアル中になってない証なのです。お昼は次男と道頓堀まで出張ってお好み焼きに鉄板焼き、しかも生中を一杯だけ 良識有る飲み方なので す。夜は蟹チリ、4時ごろに帰ってきた実の嫁が台所に立っていたのです。キャッ!と木綿を裂く様な叫び声があがったのです。包丁を滑らせて指を切ってし まったのです。すぐに消毒と止血の応急処置をしたのですが、傷は動脈には達してないのですが見たところやや深いのです。直ぐに車に乗せて休日診療所へ運ぶ 算段をしたのですが、調べたところ其処には外科が無いのです。それで、道頓堀の原田病院へと搬送したのです。私のいでたちはパジャマの上に半纏(はんて ん)を羽織ったという軽装で有りました。受付には誰も居らなかったので勝手知ったる病室まで上がりナースコールをお願いしたのです。この病院とは原田外科 と呼ばれていた頃、50年以上も前からのお付き合いなのです。直ぐに看護婦さんが来て、先生に連絡をしてくれたのです。「こりゃ、縫った方が早く治るよ」 と言われ、三針縫って頂いたのです。嫁の申すには、包丁で切った時も痛かったけど麻酔注射をする時の方が3倍痛かった、との事で有ります。其の後の鍋の段 取りは私が蟹を料理鋏で切り刻み、葱、榎、豆腐と用意し、無事鍋にあり付いたので有ります。缶ビールは350cc、酒は160ccにとどめ、雑炊を食した のです。嫁と子供には味付け海苔を一枚だけ揉んで振りかけ、自分の分は2枚を振りかけたのです。いやなに、2枚引っ付いていただけで、意図的では無いので す。今日はこれから「オークモント」へ初打ちに行くのです。勿論、一緒に行くのはアホばかり、楽しいゴルフが期待できるのです。帰るまでに何杯酒とビール が喉を越すのか?楽しみな事で有ります。ほたら、皆様 行って参りま〜す!
2004/01/02
 正月だと言うのに精一杯寝て、昨日の朝の目覚めは7時だったのです。おせちを皿に取り、其れを肴 に純米吟醸を240cc、これが朝飯だったのです。蒲鉾三種、ごまめ、鱈子の甘辛煮、小芋、牛蒡、筍、捻じり蒟蒻、人参、筋子の粕漬け 以上が献立なので す。結構酒がすすむのですが小グラス三杯に止めたのはアル中になってない証なのです。お昼は次男と道頓堀まで出張ってお好み焼きに鉄板焼き、しかも生中を 一杯だけ 良識有る飲み方なのです。夜は蟹チリ、4時ごろに帰ってきた実の嫁が台所に立っていたのです。キャッ!と木綿を裂く様な叫び声があがったので す。包丁を滑らせて指を切ってしまったのです。すぐに消毒と止血の応急処置をしたのですが、傷は動脈には達してないのですが見たところやや深いのです。直 ぐに車に乗せて休日診療所へ運ぶ算段をしたのですが、調べたところ其処には外科が無いのです。それで、道頓堀の原田病院へと搬送したのです。私のいでたち はパジャマの上に半纏(はんてん)を羽織ったという軽装で有りました。受付には誰も居らなかったので勝手知ったる病室まで上がりナースコールをお願いした のです。この病院とは原田外科と呼ばれていた頃、50年以上も前からのお付き合いなのです。直ぐに看護婦さんが来て、先生に連絡をしてくれたのです。「こ りゃ、縫った方が早く治るよ」と言われ、三針縫って頂いたのです。嫁の申すには、包丁で切った時も痛かったけど麻酔注射をする時の方が3倍痛かった、との 事で有ります。其の後の鍋の段取りは私が蟹を料理鋏で切り刻み、葱、榎、豆腐と用意し、無事鍋にあり付いたので有ります。缶ビールは350cc、酒は 160ccにとどめ、雑炊を食したのです。嫁と子供には味付け海苔を一枚だけ揉んで振りかけ、自分の分は2枚を振りかけたのです。いやなに、2枚引っ付い ていただけで、意図的では無いのです。今日はこれから「オークモント」へ初打ちに行くのです。勿論、一緒に行くのはアホばかり、楽しいゴルフが期待できる のです。帰るまでに何杯酒とビールが喉を越すのか?楽しみな事で有ります。ほたら、皆様 行って参りま〜す!の子供たちの目覚めはお昼前、ですから例年よ りスタートが遅れてしまったのです。勿論、私は 早かったのですが・・。お屠蘇は金杯(無垢とちゃいまん ねん)で3人で祝ったのです。こちらに泊まれと言ったのに長男は自分の家なのです。お酒は控えめに小さなグラスに一杯だけ、80ccで有りました。其れか ら初詣なのです。一旦、恵美須町まで行ったのです。実の嫁は怪訝な表情なのです。目的地は道頓堀なのですから当然なんですが・・。元旦の昼時日本橋を見て おきたかったのです。赤い店、青い店、其れにパソコンショップ、ほてからソフト関係の店が結構開いているのです。全体から言えば約2割ぐらいでっしゃろ か・・。マックにコンビニ、サンマルク、ほてからもうすぐ牛丼が無くなるかも分からない牛問屋とか。自安寺に着いたのはもう1時を過ぎていたのです。場所 は堺筋道頓堀の南詰めを東に100メートルの川沿いに在るのです。昔は千日前の竹林寺の向かい側に在ったのですが、道の拡幅で三十五年ほど前に移転・新築 したのです。落成は昭和43年12月8日で有りました。ご縁で此処のご住職とは三十年以上お付き合い頂いているのです。此処で御祈祷頂き、大杯(直径3尺 ほど有るのです)に並々と入れたかったのですが飲み干すのに三日は掛かりそうなので、金箔浮く樽酒を柄杓に5勺ほど頂いたのです。毎年、此処で写真を撮っ て貰っているのです。子供たちの成長やらが分かり重宝しているのです。この後の運転手は次男なのです。氏神で有ります大江神社へと急いだのです。其処で思 いがけなく「3丁目のオーディオ屋」の一族に出会ったのです。次の目的地は有馬、嫁の実家が移動して此処に在るのです。此処でも思いがけなく「近所のおっ さん」に出会ったのです。義母と義兄にご挨拶し、昼酒を飲み、晩酌をして嫁は残り、残りの二人は戻ったのです。平和な年明けで有ります。
2004/01/01
 明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願いします。何で目出度いのか?まあ、新 しい年を迎える事が出来たから目出度いんやと言う事でええんやろと思うのです。そう言えば私も身体が弱いのでクリスマスまで命が持つかどうかと言っていた のですが、恥ずかしながら正月を迎えてしまったのです。目出度い事だと慶ぶ事としたのです。慌ただしい年の瀬でした。日本橋・でんでんタウンにとっても一 昨年に続いての激変の年で有りました。サワダデンキにとっても売り上げの7割りに及ぶ外国人がサーズ騒ぎやらイラク戦争等の影響で一時半減し苦慮したので す。専門化するという事はリスクも多いのです。まあ、其れも徐々に回復しつつ有り、今年は是非明るい年にと祈念する次第なのです。しかし、今年は甲申(こ うしん・きのえさる)の年、申は十二支の九番目、今の時刻で言えば午後四時ごろから前後二時間づづを言い、方角では西から南へ三十度、西南西の方角なので す。物事の盛りを過ぎた時を喩えて言うたり、はたまた古着の事を言ったり、あまりええ例えは無いのです。誰が言い出したかは分からないのですが、流言卑語 の類なのです。まあ、真宗の教えで言えば全て迷信という事になるのです。大晦日は例年家で「てっちり」なのです。そして例年近所の寺に除夜の鐘を突きに行 くのですが、お酒が大変美味しく寝てしまったのです。目覚めは快適、六時には起きたのです。色々とする事が多く、雑記帳は後回しになってしまった訳で有り ます。どうか今年が皆様方にとって輝ける素晴らしい年になる事を念じつつ新年初筆を仕舞わせて頂きます。