雑記帳携帯雑記帳
1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 新雑記帳
1月 2月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 出場団体の寸評

作者のプロフィール

登場人物の紹介

2004/03/30
 今朝の店の室温は19度、あの寒 かった頃よりも10度も高いのです。それでかどうかは分からないのですが、今朝 寝坊をしてしまったのです。平均して6時半には起きるのですが、今8時  1時間半も朝寝坊をしてしまったのです。思い起こせば・・、其れほど前の話では無いのです。昨夜、寝たのは12時半、極普通の時間なのです。テレビを見な がら、タカラの缶酎杯レモンを飲みながら、かりん糖を食いながら、ホットカーペットの上に寝転がったのです。勿論、其のまま寝てしまうなんて夢にも思わな かったのです。何故って、風呂上りのパンツ一丁に半纏(はんてん)を羽織った姿だったのです。暖かくなったのです。ウトウトとして目が覚めたら午前6時、 小便をしてお布団に潜り込んで次に目が覚めたのが8時だったのです。まあ、実の嫁がご丁寧にタオルケットを掛けてくれていたのです。持つべき者は嫁なので す。「春眠暁を覚えず」とは良く言ったもので、惰眠を貪(むさぼ)ってしまったのです。ほてから、もう朝飯なのです。終日(ひもすがら)のたりくたり、平 和なのです。平和呆けの何処があかんねん!
2004/03/29
 白波五人男の一人、鼠小僧共との大 捕り物は我が方の勝利に終わったのです。思い起こせば今月始から約一ヶ月にも及ぶ大騒動で有りました。捕り物の始、一気に2匹を捕縛、意気上がっていたの ですが其の後が芳しく無く、10日ほど前に御籠にお入りになられたのが3匹目、知らぬうちに水死体となり懇ろに供養したのは言うまでも無いのです。此れが 最後の1匹かと思いきや然に非ず、其の後も出没するのです。仏壇に供物を備えてあるのですが、此れはダミー、木で出来た果物なのです。ところが花は本物、 此れも齧られたのです。まさかと思った唐辛子の袋まで穴を開けられたのです。我々でさえ忘れていた煎餅が有ったのです。其れも探し出され食べられたので す。戦闘は愈々白兵戦となりつつ有ったのです。狙撃兵を要所に潜ませたのです。そんな中、先週の木曜日早朝、5時頃に店に下りたのです。すると、何と!何 と!洗面所の前に仕掛けて有った鼠地獄(粘着式)で比較的栄養の行き届いた最後の1匹と思える次郎吉がもがいているでは有りませんか!彼には安楽死の書類 に印鑑を頂いたのです。其れから4日、詳細に観察しているのですが今のところ彼らの存在を示す手掛かりは皆無なのです。ですから、今回の団体様御一行は4 名様だったのです。こうして我が家は元の平和を取り戻したので有ります。
2004/03/28
 日本橋の宣伝販促が大きく変わろう としているのです。先日の「でんでんタウン総会」で宣伝販促委員長で有ります「4丁目のオーディオ屋」が事業計画案の発表の中で、極普通紋切り型の案を読 み終えたあと、「以上が事業計画案で有ります、しかしこの他に良い案が有りましたら此れに拘らずどんどん採用したいと存知ますので宜しくお願い申し上げま す。」と言ったのを思い出すのです。面白い言い方とは思ったのですが、彼は本気だったのです。先ず長くやって来て「恒例」だった「赤札市」を止めにしたの です。此れには毎月100万円ほど掛かっていたのです。勿論、それなりの効果は有り街の賑わいを演出していて、予算の少ない中で其れまでの一発物に伍した 成果を上げていたのです。今年の宣伝販促委員会の方針は「街の賑わい」、「街のクリーンなイメージ」、「街の安全」だと言うのです。そうなんです、商店街 の根本原理に立ち返っての試みをしようと言うのです。其の壱が賑わい、即ち空き店舗対策なのです。シャッターが閉まった店が連続する商店街は既に商店街と しての体を無くしつつ有るのです。其のために空き店舗を借り上げたり、テナントを探したり、空き店舗情報を提供したり、と色々の施策を積極的に実施してい くのです。クリーンなイメージを出す為には例えば「クリーンギャル」を導入し、朝から晩まで揃いのトップレスで街を清掃するのです。まあ、トップレスは単 なる希望なんですけど・・。安全の演出の為にはガードマンの巡回、防犯カメラの導入、照明の照度アップと点灯時間の延長等々が考えられるのです。勿論、各 会社のトップを始とする社員一人一人のこれ等についての認識度アップ、問題意識化は必要不可欠の事なのですが・・。新生日本橋誕生の為に一丸となって全力 を尽くさなければならないのです。今は産みの苦しみの時期なのです。
2004/03/27
 「京都に嫁の居る電気屋」はこの 10年余、大阪と京都での二重生活だったのです。彼は京都の旅館の長男として生まれ長じてからは其の経営に携わっていたのです。しかし、激務なのです。身 体を壊し、まあ頭は元々なのですが・・、廃業を決意、テナントビルに立て替えたのです。そして其の経営を実の嫁に任すと共に自分は嫁の実家で有ります日本 橋の電気屋の経営に乗り出したのです。そんな訳で本人は大阪、嫁は京都。週に一度程度帰京していたのが2週に一度になり月に一二度になるのは必然、段々と 大阪の生活、嫁の居ない生活に慣れ、一人暮らしを楽しむまでになったのです。当初は夜中に淋しくて一人泣いた事も有るとか無いとか、変われば変わるものな ので有ります。ところが今年になって、其れまでお元気だった嫁のお母様が病気になり入院を余儀なくされたのです。嫁が二日に一度は大阪に来るようになった のです。嫁との関わりが数千倍に増えたのです。先日も親孝行の彼は入院しているお母様を嫁共々温泉へ連れて行ったのです。場所は信貴山観光ホテル。運転手 の彼は一滴も飲酒せず夕方大阪へ帰って来たのです。そして高級料亭「きらく」で嫁と二人で食事をしていたのです。丁度、私も実の嫁を連れて「きらく」へ行 きご対面となったのです。嫁共は帰り、二人で久々に「のら」へ行ったのです。水割りを一杯頼んだ「京都・・」が其れを口にするかしない内に「あかん、酔う た、悪いけどもう帰る」と言うのです。「大丈夫か?」と声を掛けたのですが、「うん、タクシーで帰るから」と答えたのです。あくる日、彼から聞いたお話で は、嫁とず〜と一緒でものげっつう緊張したらしいのです。其の緩和の為、「きらく」で結構飲んだのですが嫁が隣に居ると緊張で酔いが全くまわらなかったの です。そして嫁と離れ、「のら」に着いた頃に其の緊張が解け、酔いが一気に全身を駆け巡ったと言うのです。
2004/03/26
 驚いた事に優勝したのは何と!最近 絶不調を嘆いていた「工具屋のおっさん」だったのです。スコアは38/45、HDCP12と立派なものなのです。でもロータリーは一応彼のホームコース、 馬券だけは押さえてあったのです。そして紐に来たのが「桐箪笥屋のおっさん」、こちらの方が晴天の霹靂だったのです。同枠に「工具屋の鉄人28号の嫁」が 居て、これを本命の一人と数えていたので辛うじてゲットしたのです。彼女の成績は43/51、HDCP16、7位と彼女にすれば不本意な成績だったので す。私は一昨日今年のワースト56/58を出し意気消沈していたのですが、ゴルフとは分からないものなのです。47/48と今年のベストが出たのです。ま あHDCP17と厳しかったので順位は8位に甘んじたのですが気分は上々なのです。午後からのスタートをダボ、トリプル、ダボと最悪のスタートでは有った のですが辛抱に辛抱、我慢に我慢を重ねて48まで漕ぎ着けたのです。地道に一歩一歩努力を重ねる事の大切さを学んだのです。表彰式を千日前の「はちまる」と言う居酒屋でしたのです。此処は2,800円のコー スを頼めば480円で飲み放題が付くのです。ですから3,280円で飲み放題付きとする方がええのでしょうが、480円で安さを演出しているのでしょう。 3位には「やすひろ」が入り、4位は「素手で杵を折ったおっさんの兄」、5位は「ハム屋のおっさん」、6位は「雑貨屋のようこ」が46/64と大津波の成 績で入ったのです。彼女のハンデは32、午前中はブッ千切りの優勝候補だったのですが・・。ブービーは「運送屋のおっさん」、べべは「日小会々長」だった のです。「ふーちゃんの父」と一緒に回ったのですが病気療養中にも関わらずティーショットも安定し58/62で完走、一応今後に目途を付け、多分次週の 「草踏会」にも出席できるのではと思えたのです。
2004/03/25
 昨夜は「茶菜会」の事務局会議が 有ったのです。勿論、ちゃんとした会議なので南森町に有る「ウイン企画」の事務所でしたのです。今年一回目の「茶菜会コンペ」をどうするか?と言う会議な のです。日にちを先ず4月22日(木)に正式に決め、次にコースなんですが今回は国内、其れも三重また奈良と決定したのです。何故かと言えば、其の表彰式 を「パラディウ夢」のロッジで執り行い、其の夜は一泊、次の朝帰阪すると言うプランを実行する為には其の方面が都合がええのです。勿論、その夜帰る組、早 朝帰阪組、どうでもええ組 の三組を想定したのです。ゴルフ場を何処にするかは侃々諤々の議論をしたのですが後日と言う事になり、まあ鍋でもつつこうと寄 せ鍋で舌鼓を打ったのは自然な成り行きで有りました。鶏、豚、肉と何でも有りの美味しい鍋にビールがすすむのです。烏龍杯も喉越しは爽やかなのです。帰り にちょっと「のら」に寄る、此れもすごく自然なお話だったのです。其れはそうと今日はこれから「日小会」で「阪神カントリー ロータリーコース」へ行くの です。私は運転手、雑記帳など書いてる時間は到底無いのです。心から嫌で、辛い、暗いゴルフを今日もしなければならないこの厳しさ、想像を絶するものなの です。しかし、自らを厳しく律しなければ進歩は無いのです。一歩一歩歩まなければならないのです。ほたら、行ってきま〜す。
2004/03/24
 「逝く」の方が正解だったのです。 56/58、ハンデ5で3位になったのです。いやなに「難波会」は全員で4名なので3位は駄目なのです。2位にならなければ意味が無いのです。優勝は「難 波の電気屋」で54/54、ハンデ19、準優勝が「漫画屋」で48/55、ハンデ3、べべは「難波の不動産屋」が53/59、ハンデ0でゲットしたので す。グロスで最下位なのです。あの下手な「難波の電気屋」に軽くグロス負けしてしまったのです。最近、111、111、114と連続して悪いし、今回は今 年のワーストを更新してしまったのです。18ホール回って、パーが2、ボギーが4、ダボが4、トリプルが5、テトラが2、そして6オーバーが1 まあこん なもんですわ。ゴルフに行くのが苦痛になりつつあるのですが、自分で自分を虐めて快感を得ると言うマゾヒストの傾向でも有るのでしょうか、結構楽しいので す。負け惜しみですけどネ。ほてから、この雑記帳なんですが4月1日からアドレスが変わるのです。アドレスはhttp://www.sawadadenki.com/cgi-bin/diary.cgi なんです。パソコンからも携帯からも同じアドレスで読めるのです。しか も携帯から書込みも出来る優れものなのです。但し、当面は2004年分のみで、過去分を読みたいと言う奇特な人はパソコン用はhttp://www.sawadadenki.com/oldweb/home/home -asahi/zakkityou/index.htmlを携帯用は http://www.sawadadenki.com/oldweb/home/home-asahi/zakkityou/i/index.htmを ご参照下さい。ほたら、宜しくお願い申し上げます。
2004/03/23
 「左官屋・・」の三女がこの日早朝 に長女を出産してこの病院に入院していたのです。勿論、彼の実の嫁も付き添っているのです。おじいさまとご対面する訳で、私はその証人と言う事なのです。 2600gと小さい割に毛もフサフサ、おじいさまよりはなんぼか多いのです。顔立ちも整っており、まあ可愛いとまではいかないのですが見れるのです。其処 で早 速、「この子も80歳、90歳の老婆になる訳やけど、老婆は一日にしてならず、老婆を一人こしらえるのに80年、90年の歳月が必要なんや」と説教をした のです。続けて、「小さい内から話しかけたり、色々刺激を与えてやるのが脳みそを良くするコツや。お腹に居る時から音楽を聞かせたりするやろ・・」とも 言ったのです。彼の家に着いて、早速パソコンと取り組んだのです。先ず、ホームページの作り方を教え、FTPをセットし、2ページほど入れたのです。彼は 3年も前からアカウントを持っていて、作ろうと何度もチャレンジしたのですが其の都度押し返されたのです。次にMSNメッセンジャーを設定し、ホットメイ ルアドレスをゲットしたのです。ついでにWinMXも組み込み、一寸ファイルの取り方も教授したのです。茶漬けを一杯ご馳走になり、掘り立ての筍を一箱お 土産に頂、紀伊清水の駅まで送って貰ったのです。ホームで手を振って別れを惜しみ、座って暫くして手ぶらなのに気づいたのですが筍はトラックの荷台だった のです。筍は其の後宅急便でお届け頂くと言うお手間を取らせたのでした。ほてから、今日は「難波会」で「天野山」に逝くのです。いや、行くのです。ほた ら、また・・。
2004/03/22
 先ず、生ビールセットと言うのが有 るのです。おつまみに枝豆、ひじき、豆腐が付いて550円なのです。此れで喉を潤したのです。お代わりをしてどて焼きを追加したのです。その間は御先祖様 と従兄弟のお話なのです。1時過ぎまで懇ろに供養してから温泉を頂いたのです。入浴料は大枚500円、先ず清めの湯、大浴場、雨の中露天風呂に移って檜樽 風呂、石風呂、足つぼの湯、滝の湯と巡ったのです。屋内に戻って気泡風呂、ジェット噴流座湯、同じく寝湯、四季の湯、歩き湯と漫遊したのです。1時間余り で逆上(のぼ)せたので有ります。腹ごしらえに三種蕎麦、肴は氷結缶酎杯(酎杯と言ってもベースはウォッ カ、ライムが6度、レモンが7度、果汁が2.5%なのです。他に果汁3.5%のグレープフルーツ、アルコール分5度のオレンジ、梅等々ピュアまで入れると 10種類も有るのです)、お代わりをしながらおでんに磯辺揚げ、ほっけの一夜干なんかをウダウダ食ってて、ハッと気が付けばもう5時前なのです。供養と言 うものは時間が掛かるのです。お話はパソコンにも及び、「左官屋の従兄弟」がどうしても上手いこと行けへんと言うのです。聞けば年賀状ソフトが正常に動か ないので誰かに聞けばマシンが古いと言われ、暮れに清水寺の舞台から飛び降りる思いで最新型のバイオを買ったらしいのです。其れでも順調に働いてくれない と泣くのです。其処で彼の家へ行く事にしたのです。「瓢箪の従兄弟」はお酒は全く駄目なので車で来ているのです。一路和歌山県橋本市へ・・。車の中で寝て しまったらしく、目が覚めると何故か病院なのです。この続きは明日、結構引っ張るのです。
2004/03/21
 昨日の「ロボット講座」は雨で酷い 目に遭ったとか、まあ 今日はお天気は大丈夫なので良い結果が得られるものと期待しているのです。其の雨の時、私はどうしてたかと言えば・・。10時24 分発の急行で河内長野へ向かったのですが、其れまでの時間を降り始めようとするJT前「ロボット広場」に居たのです。全天候型でないロボットと言うものは すこぶる水には弱いのです。降り始めると直ぐに庇の中に逃げ込んだのでした。メカを除けばモーターと電子回路なので、3滴も雨に祟られれば多分ダウンなの です。まあ、其のうちに「雨天サッカー ロボコン大会」なんてのも始まり泥まみれにも適応したロボットが作られる日が来るのでしょうが・・。キオスクみた いな所で朝日新聞を買ったのです。記事は週刊文春の発売指し止めの話と陳さんが狙撃されたと云う話がメインだったのです。全て読む間も無く長野に到着した のです。「左官屋の従兄弟」が待っていたのです。もう一人「瓢箪の従兄弟」は直行するとの事でバスで「風の湯」へと向かったのです。乗りしなに発駅を特定 する為の切符を取って、後で気が付いたのです。此処は始発駅、其の必要は無かったのですが番号ゼロの切符を一応手にしたのです。会場の「風の湯」は天然温 泉なのです。男湯だけで湯船が10個ほども有るのです。続きは明日、乞うご期待。
2004/03/20
 今日と明日、「春休み ロボット講 座」が「日本たばこ産業 JT難波ビル 玄関前駐車場」で開催されるのです。時間は今日が12時〜17時、明日が12時〜16時までなのです。主催は「国 立 鳥羽商船高等専門学校」、後援が「日本橋まちづくり振興株式会社」、そして「町会」、「振興組合」、「でんでんタウン」の協力を得て開催されるので す。内容なんですが「NHK高専ロボコン」に出場した2体のロボットがデモをするのです。題して「ロボカップジュニア サッカーデモンストレーション」な のです。詳しくは「HTMLテキスト」、「ワー ド」、「PDF]をご参照下さい。ところが明日は私も参加するのですが今日は別の 会合が有って誠に残念ながら参加出来ないのです。河内長野で11時から「第一回 御先祖様達を偲ぶ会」が有るのです。まあ、母方の従兄弟達が集まって現在 版の法事をやるのです。母は4人兄弟の二番目、連れ合いも含めて8人の内ご存命は1名のみ、従兄弟も私の知ってる限りでは18名の内ご存命は9名と半減し ているのです。目の黒い内に御先祖、先に逝った従兄弟達の四方山話をしよう、と言う趣旨なのです。此れから電光掲示板にロボット講座を掲載しに行くのでこ の辺で失礼致します。現在、午前7時、室温は暖房前16度、後20度なのです。
2004/03/19
 此処のところ寒暖の差が激しく体調 を崩し易いのです。今朝、14.5度の室温が昨日の朝は20度だったのです。そんな訳で寝違え首が痛いのです。所謂、誰かに呼ばれ振り向く時 首だけでな く身体ごと振り向く状態なのです。まあええのですけど・・。ところで、昨日は週に一度のお休みなのに一日中家に居て仕事をしていたのです。今、ホームペー ジの切り替えをしているので1000品目もある商品の載せ替えが大変なんです。まだ100品目ほどしか載せ替えが完了してないので後10日で900品目ほ どなので、まあ不可能に非常に近いのです。せめて1/3ぐらいは進展したいと思う今日この頃なのです。ほて、昨日で正確には114になったのですが昼飯も 食わなかったので夕方6時半ごろから高級料亭「きらく」に実の嫁を連れて行ったのです。「京都に嫁の居る電気屋夫妻」と「きらくのおっさん」が居たので す。二人で食ったものは、突き出しが2個、一人蟹鍋を2個、お造り盛り合わせを一つ、生ビールを2杯、焼酎の湯割を一杯 其れだけ食ってお支払いが 2790円だったけなのです。其の時は余り気に掛けなかったのですが其の後「のら」に行き其処での支払いの時にふと気が付いたのです。多分、計算を間違っ たのだと思うのです。今度行った時に言わなければならないのです。
2004/03/18
 昨日、せっかく書いた「雑記帳」の アップを忘れたのです。と、言うか アップしたつもりだったのです。何故かと言えば、4月1日から雑記帳のアドレスが変わるのです。其れで勘違いをしたの です。サワダデンキのホームページ全体がリニューアルするのです。まだ作成中なのですが一部は出来上がっていて、其の中に「雑記帳」も含まれるのです。過 去分は当分残しておくつもりなのですが、新 しいアドレスはhttp://www.sawadadenki.com/cgi-bin/diary.cgiなのです。ほてから当然ホームページのトップページはhttp://www.sawadadenki.com/になるので す。其の混乱の中、アップを忘れ、熱心な読者にご指摘を受け、今朝 気づいたので有ります。誠に有り難く厚く御礼申し上げる次第で有ります。其れはそう と、昨夜は久しぶりに「日窓会」の会合が10名全員参加の下「銀平」で有ったのです。「三洋のおっさん」の送別会なのです。38年間、担当は色々変わられ たのですが日本橋に居られ貢献なされたのです。そして、彼は「日緑会」の第1回目から8年の間事務局をされたのです。私が入会させて頂いたのが21年前、 第103回目からなので、其のまだ17年前のお話なのです。そして4月8日に「読売カントリー倶楽部」で開催される「第230回 日緑会」を勇退の花道と されるのです。惜しむ声が皆から出て残留をお願いする事とし、次回の日緑会で提案する事としたのです。帰りに一寸「のら」に寄り、家にたどり着いたのは極 普通にシンデレラ前となったのです。
2004/03/17
 実の嫁がまた家出したのです。今度 は岡山らしいのです。姉が母を連れて3拍4日の旅に出、其処へ1泊で出かけたのです。調べるとメモ書が有り「国民宿舎 シープラザ牛窓」と有るので、多分其処へ行ったので しょう。何で牛窓て言うんやろ?と思ったら、単に住所が岡山県邑久郡牛窓町牛窓やからなのです。そう言えば嫁の干支も牛なので縁が有ったのでしょう。今回 は「おでん」や無しに「クリームシチュー」を一鍋炊いて行ったのです。昨日、お昼に食おうと思ったら「へのもと」が来て「飯、食いに行こう!」と言うので 仕方無く「ポミエ」で食ったのです。本当は「シチュー」を食いたかったのに・・。1時から商店街の役員会、理事会と続いたのです。其処へ役所から電話が有 り防災リーダーの名簿を早く提出して欲しいと督促されたのです。欠員が3人出たので「難波の電気屋」、「白塗り」、「京都に嫁の居る電気屋」を入れたので す。彼らの防災服、鉄板入り長靴等々のサイズが要るのです。聞いて新しい名簿を区役所に提出したのです。「工具屋のおっさん」、「素手で杵を折ったおっさ ん」もメンバーに入っているのです。店を8時に閉め、何ヶ月ぶりかに早く帰って来た長男と「シチュー」を食ってると「京都・・」から電話が有ったのです。「たこ焼き屋に居るから早よ来い!」と言うのです。何時もは歩いて行くのですが、 今回は自転車なのです。愛染坂の途中で息切れ、押して上がったのですが何分急坂、押すのもえらいのです。たこ焼き屋には6人のアホが居たのです。平和な夜 は更けて行ったので有ります。
2004/03/16
 昨日はでんでんタウンの総会がスイ スホテルで有ったのです。でもまだこの「スイスホテル」と言う呼び名に馴染めず、前の「サウスタワーホテル」の方が分かりやすく思ってしまうのです。大阪 市長、助役、市会議員、区長と市の幹部が来賓で来られ祝辞を述べられたのです。議事の方も粛々と進んだのですが、平成16年度の事業計画案のところで私の 番になったのです。勿論、資料は整理して持っていたのです。今年は総務委員会を担当する事になっていたのです。壇上に上がり「総務委員会の事業計画案を申 し上げます・・」と言いながら資料を繰ってみたのですが、無いのです。間違った資料を持って上がったのです。今更戻る訳にも行かないのです。しどろもどろ になりながら時々何も書いてない資料を見ながらお話したのです。まあ、時間が経てば何でも終わるものなのです。総会、懇親会も「3丁目のオーディオ屋」の 閉会の言葉でお開きとなったのです。此れが抜群に上手いのです。彼は段々とお喋りになって来たのです。其の後、定番の「のら」へ6人で行ったのですが超満 員、「4丁目のオーディオ屋」と「名前の言えないおっさん」の二人だけを押し込み、我々4人は奥の「でん」へ行ったのです。我々とは「エフプロ1号」、 「エフプロ2号」それに「密林のおっさん」なのです。彼らは皆良く飲むのです。帰りにやっぱり「のら」に寄ったのです。其処へ「京都に嫁の居る電気屋」と 「白塗り」が入って来て「4丁目・・」と「名前・・」を拉致、「四天王寺のたこ焼き屋」へと消え去ったのです。63回目なのです。
2004/03/15
 我が家は今鼠騒動の真っ最中なので す。鼠さまは常駐はされてないのですが時々来られて1,2ヶ月上へ下への大騒動になるのです。彼らエイリアンが侵入すると食い物が齧られるのと糞が散在す るので直ぐに我が高性能レーダーで探知出来るのです。ネズミ捕りを総動員し大捕り物を展開するのです。籠式と粘着式を仕掛けるのですが非常に扱いの危険な 核兵器で有ります粘着式には何と!実の嫁や私が時々掛かるのです。何故か籠式には私たちは掛からないのです。成果は粘着式に小物が二匹、嫁は私に始末を頼 むのですが、私がつい忘れると嫁が自分で始末するのです。「キャ〜!!」と騒いだだけの昔では考えられない事なのです。強く逞しくなったのです。其れでも 「えっ!あの鼠 始末したん?残酷やなあ・・、ようそんな惨いこと出来るなあ・・」と言ってやると怒るのです。もう一匹か二匹居そうなのです。現在徹底し た兵糧攻めの真っ最中なのです。敵はかなり弱ってきているのです。生け花にまで口を出すようになっているのです。全面勝利の日はもう近いのです。更に新兵 器を投入すべく武器商人で有ります「薬局」や「荒物屋」、「百貨店」と武器輸入の交渉中なのです。
2004/03/14
 「山椒大夫 夫妻」の一周年記念祝 賀会が大々的に高級料亭「きらく」を借り切って挙行されたのです。メンバーは「山椒大夫」を会長と慕う「茶菜会」の連中なのです。「4丁目のオーディオ 屋」、「白塗り」、「京都に嫁の居る電気屋」、そして当初は「家具屋のおっさん」を予定していたのですが彼は福井の山奥へ行ったきり帰って来ないのです。 其処で「4丁目の照明屋」に急遽お願いしたのです。そんな訳で彼は「バンコク」へ行かなければならなくなったので有ります。新婦側を代表して「べべのよう こ」が来たのです。彼女は昨日会社がお休みだったのに、これまた僻地からわざわざ出て来たのです。何の一周年記念かと言えば夫妻が始めて正式にお付き合い を始めてから3月13日で丸一年になるのです。其れはそうと「べべのようこ」なんですが、先日の「20会」でブッ千切りで優勝したのです。ハンデも50か ら一気に25になってしまったのです。其れを何時までも「べべ・・」では失礼なんではないか?と言う意見が出たのです。まあ、もっともな話なんですが、一 方良く考えてみるとハンデが一挙に半分になったらまたべべに安住するのではないか?と言う思いも有るのです。其処で当分の間は「べべ・・」のままにしてお く事にしたのです。「きらく」を出ると「白塗り」はまっしぐらに「四天王寺のたこ焼き屋」を目指したのです。61回目なのです。
2004/03/13
 先日のゴルフ、4時半には大阪に 帰って来たのです。表彰式は現地ではしないのです。モラルの高い我々は帰って来て車を車庫に入れてからするのです。今回は千日前のオリエンタルホテル2階 の「とりひめ」 でやったのです。文字通りの鳥料理の店なので、この季節は鳥鍋になるのは必然だったのです。話題の中心は当然私の嫌いなゴルフになるのです。そして同じ台 詞を何度も言う奴が居るのです。「京都に嫁の居る電気屋」があの「飛ばし屋のたもっちゃん」をアウトドライブし、ドラコンをゲットしたのです。本人の曰 く、5メートルは抜いたとの事ですが、私も一緒に居たので知ってるのですが精々2メートルなのです。「飛ばし屋」はまともに当たれば300ヤードは打つの です。「京都・・」が精一杯飛んでも220ヤード、「飛ばし屋」の言を待てば「チョロ」なのですが、其処を彼は心得ていて其の言葉は言わなかったのです。 「京都・・」の名誉を傷つける台詞は言わなかったのです。酒飲みの話のネタに人の悪口ほど弾むものは無いのです。しかし、難しいのは其のターゲットなので す。現場に居るのは駄目だし、其の関係者も良くないし、人選に苦慮するのです。其処で下ネタになってしまったりするのです。教養をひけらかそうとしても、 政治、経済、世界情勢の話は盛り上がらないのです。考古学、天文学の話になると何か薀蓄を傾けている様で居心地が悪くなるのです。一番ええのが量子力学の 話なのです。なに、訳の分からない話も面白いのです。盛り上がったところでお開きになるのです。このままでは帰れないのは当然の事なのです。
2004/03/12
 優勝したのは一緒に回った「裏のお ばはん」で54/53、ハンデ31、準優勝は「飛ばし屋のたもつ」で41/40、ハンデ4、そしてブービーに「工具屋のおっさん」が49/50、ハンデ5 でご就任されたのです。私は先週と同じ、52/59、ハンデ19で17位だったのです。もう、ゴルフは駄目なのかもというネガティブな思考も脳裏を掠める 様になりつつあるのです。後、同伴競技者の「京都に嫁の居る電気屋」が47/47と良く、「ほっさん」は最終ホールで14叩き其れでも61/61だったの です。私は最終をボギーで上がってやっと59だったのです。最後の2ホールで雨が降ってきたのです。其れでも傘で凌ぐ事が出来たのです。実は2日前の夜、 夜中に突然両足の脹脛(ふくらはぎ)がこむらがえりしたのです。激痛で昨日もまだ違和感が有ったのです。就寝中のこむらがえりは骨と骨との間隔が伸び其れ を縮めようと筋肉が収縮するのだと言う説が有りますが、実際のところは解明されていないのです。肝臓、腎臓が悪い場合に起こりやすいとかマグネシュームや カルシュームの摂取不足とか色々言われているのです。統計的に見ると透析患者の多くに見られるので、活性酸素が影響しているとかとも言われているのです。 予防にビタミンEやMg・Caの摂取が有効なのです。また、足の下に枕等を置き少し上げた状態で寝ればなりにくいのです。お風呂でゆっくり温めるとか長 パッチを穿き冷えるのを防ぐ事も効果が有るのです。本当にあれは痛いのです。
2004/03/11
 今朝は寝坊をしてもう時間が無いの です。昨夜、ホットカーペットの上で寝てしまったのです。目が覚めたら5時、其のまま起きれば良かったのですが、お布団まで行き寝てしまったのです。目覚 ましは5時半、しかし止めて また寝てしまったらしいのです。実の嫁に起こされたのが6時、色々しなければならない事をして 今、6時35分。お迎えが来 るのが7時なのです。6時55分には表に出てお出迎えしなければならないのです。今日は「第44回 日本橋会ゴルフコンペ」が「八重桜カントリークラブ」 で6組、22名で開催されるのです。「京都に嫁の居る電気屋」が迎えに来てくれるのです。後の表彰式を千日前のオリエンタルホテル2階の「とりひめ」です るのです。もう時間が無いのです。ほたら、行って参ります。
2004/03/10
 最近、とみに食事が美味しいので す。ところが、現在ダイエットの真っ最中、ハムレットなのです。昨日の朝の体重が63.4kg、これはネットウエイトなのです。朝のスタイルはパジャマに どてら、どてらは脱いで計るのですが、パジャマの重さは予め計ってあるのです。800gと600gの二種類有り、更に下着姿は400gなのです。ですか ら、正味体重を計るのに一々フリチンになる必要は無いのです。システマチックでしょう・・。何故?ダイエットかと言えば去年の9月に66kgになってし まって、実害としてズボンが窮屈になってしまったのです。何をしているかと言えば、間食を食べない、食事のご飯は軽く一膳のみ、コーヒーはブラック、塩 分・糖分控えめ、ビールより焼酎、等々出来る範囲の事で無理はしないのです。目標は62kgなのです。実の嫁は毎週火曜日に御堂神社までお花のお稽古に行 かれるのです。帰りは5時過ぎ。昨日は高島屋に寄り、地下で我々の餌を買って来たのです。肉と「かじきまぐろ」、其れに「本さわらの切り身」なのです。肉 は聞かなかったのですが、「かじきまぐろ」の値段が980円、「本さわら」が1200円と書いて有ったのがタイムサービスで両方で1000円ポッキリ、其 処で飛びついて買ったと言うのです。どちらも2,3人前は有るのです。其処でメニューなのですが、肉丼(私のは肉皿、夜はご飯を食べないのです)、かじき まぐろのお造り、もやし・にら炒め、南京の煮付け、お味噌汁、其れに500ccの「キリン一番搾り<生>」が付属したのです。勿論、一欠片も一滴も残さな かったのです。食事が美味しいのです。
2004/03/09
 昨夜のメニューは「チャンポン」、 「ビール飲むの・・?」と実の嫁が言うのです。飲むに決まってるのに聞くのです。勿論、「飲むよ!」とこだまを返したのです。キリン一番搾り<生> 350cc缶が一つだけ置かれたのです。見ていると何だか寂しそうにしているのです。でも、大人の私は黙っていたのです。小さなグラスも置かれたのです。 注いではくれないのです。まあ、たまに注いで頂ける時も有るのですが、ものげっつう下手なのです。身が無くなり泡ばっかりで、しかも勿体無く其の泡が溢れ るのです。其処でセルフサービスなのです。手酌で飲み干す一杯目の美味しい事、至福の時が流れるのです。しかし350ccと言うのは私の体重63kgと比 較すればガリバーが小人(こびと)の杯(さかずき)を頂戴するが如きものなのです。でも、大人の私は黙っていたのです。「チャンポン」も「孤独だったビー ル」も無くなり、寂しい時が過ぎて行くのです。「キリン一番搾り」だって兄弟が居るのです。すぐ上の「500ccさん」だったら家の冷蔵庫にもお住まいに なられているのです。「1リットルさん」、「2リットルさん」、「3リットルさん」も酒屋さんに別居されているのです。最近、1520ccの「樽生さん」 も酒屋さんにお住まいになられているのです。まあ、ええのですけど・・。
2004/03/08
 寒い、寒い・・、寒いと心もいじけ るのです。11度なのです。あの一月の大寒波の時10度だったのです。3月も半ばになろうかと言うのにこの寒さなのです。お蔭様で昨日のフリマも降雪の 為、途中で中止となったのです。雪は始末に終えないのです。雨なら屋根で防げるのですが雪は何処までも追いかけて来るのです。この雪の中、ゴルフをやって る連中が居たのです。「のら」、「のら娘」、「新べべのたえこ」様方御一行なのです。彼女らは「オークモント」に行っていたのです。ゴルフ場が「止めて頂 いても結構です」と言う猛吹雪の中、昼食を食べ終わり、清酒、焼酎甲類、乙類、ビール、発泡酒等々夫々好みのアルコール類を摂取、へべれけになりながら昼 寝し、一寸の晴れ間を見つけてプレーを強行したので有ります。当然、良識有る其の他のコンペは中止となったのです。其れはそうと去年の4月から酒税法が改 悪され、発泡酒等が増税されたのです。其れ以前の税金は350cc缶で小売価格が145円とすると酒税額が36.75円、消費税が7.25円、税率にする と28.9%だったのです。其れが麦芽比率が25%から50%のもので更に16.65%、25%未満では何と!27.86%も値上げされたのです。役人は 取り易い所から税金を取るのです。消費税と言う名前の由来は役人が全て飲み食い等に消費する税金だから消費税と言うのです。酒の恨みは深いので有ります。
2004/03/07
 午前7時半の室温は12度なので す、寒いのです。昨日のフリーマーケットなんですけど、昼過ぎから霙(みぞれ)と強風で往生したのです。3度目のかなりきつい霙で撤収を決め、2時半ごろ 中止としたのです。その後も晴れたかなあと思ったらまた降り出すという不安定な天気で、気温も徐々に下がりだし夜には冷え込んだのです。其処で今日の天気 なんですが、大方の天気予報では曇りなのです。午前中の降水確率が40%、午後からは30%、最高気温が7度となっているのです。ところが大したもので大 阪市浪速区日本橋の天気予報というのが有るのです。其れによると、午前6時の天気は曇り、降水量はゼロ、気温は3度、西の風6m/sなのです。9時、12 時、15時と3時間ごとに予報が出ていて夫々、雪、曇り、雪 となっているのです。降水量は0.5mm/h、ゼロ、0.5、そして気温は4度、6、6、風 は北西5m/s、3、3となっているのです。そして大阪 市に風雪,波浪,乾燥注意報 (07日06時30分) が出ているのです。洗濯指数はがっかり、日中もコートが要り、紫外線は弱く、花粉指数は非常に多く、鍋がぴったりで、星空はチラホラ、何故か風邪予報はひ きにくい となっているのです。便利な世の中になってきたのです。
2004/03/06

 室温は14度、昨日より3度高く あまり寒さは感じないのです。厳しさ を経験しなければ其れでも寒いと思うのでしょうが・・。幸せな人生とは、今 自分の生涯で一番幸せな時期だと常に自覚する事なのです。昨日でも明日でもな く、今なのです。実の嫁に話をすると、「うん、幸せと思えるところも有るけど、そう思えないとこも有るねん」と仰るのです。其れでは駄目なので、全てを含 めて幸せと思うのです。嫁には今一ご理解賜れ無かったのです。無いものを勘定するのでは無く、有るものを数えれば良いのです。ところが、これが中々難し い、つい無いものの事を思ってしまうのです。先日のゴルフの帰り、四天王寺のたこ焼き屋で「山椒大夫」と「2号」を降ろしたのです。私も車を置いて駆けつ けたのです。文字通りで「くちなわ坂」を小走りに上ったのです。普通20分、早足で15分の所を11分でたどり着いたのです。此れも健康の為、健康の為な ら命も要らないので有ります。たこ焼き屋には既に「4丁目のオーディオ屋」と「名前の言えないおっさん」が居たのです。先着隊は6時から飲んでいるので す。八時過ぎに「新べべのたえこ」から「山椒大夫」に電話が有って、「のら」に居るから来いと言うのです。「4丁目のオーディオ屋」が呟(つぶや)いたのです、「俺、家まで歩いて5分やのに何でタク シーに乗ってるんやろ??」 三人で「のら」に着いたのです。ウダウダと言ってると「白塗り」が入って来て、またウダウダと言ってると10時過ぎになった のです。「白塗り」が立ち上がり「4丁目のオーディオ屋」に言ったのです。「たこ焼き、行こう」、「勘弁してよう・・」と言いながら「たこ焼き屋」へと二 人は立ち去ったので有ります。お二人のお幸せを心よりお祈りするので有ります。

2004/03/05
 今朝は一段と冷え込み店の室温は 11度丁度、最近では一番の寒さなのです。昨朝、予定通り6時10分に大阪を出発、トンネルの手前から雪がちらついてきたのです。トンネルを抜けると雪 国、道には雪が薄っすらと積もりスピードをうんと落として注意深く走行したのです。7時20分にはゴルフ場に到着、降り頻る雪の中バッグを下ろしたので す。既に「新木会」の連中はロビーに屯(たむろ)、大きなガラス越しに雪に埋もれ行くコースを為す術も無くただ眺めるだけだったのです。メンバーは続々と 到着、中にはバッグすらろさない連中も居ったのです。 幹部連中が頓首会談、ゴルフ場の判断を待つ事としたのです。其の時、一転俄かに晴れ上がり太陽が燦々と其の微笑を遍(あまね)く大地に降り注いだのです。 一面の銀世界が見る間に鮮やかな緑色に蘇えり始めたので す。30分遅れでスタート出来、其の時既にラフにも雪の姿は無かったのです。あの膨大な量の雪は何処へ行ったのでしょうか・・。スタート前に十分に時間が 有ると言う事は十分に酔える時間が有ると言う事なのです。結果はやっぱり、51/60、HD19でブービーに輝いてしまったのです。べべは前回ブービーの 「三菱のおっさん」、優勝したのは何と!何と!59/49、HD36で「5丁目の電気屋の常務」だったのです。準優勝に「無線屋のおっさん」が49/45、HD20でのたれ込み、腰痛の「4丁目のオー ディオ屋」は55/55、「山椒大夫」が55/50、彼らの順位は不詳なのです。一緒に回った「2号」は61/68、15位と健闘、「工具屋のおっさん」 は53/43とこれまた19位と低迷したので有ります。まあ、ゴルフが出来ただけでも幸せだったのです。
2004/03/04
 時刻は丁度午前五時、何故こんなに 早いかと言えば「第176回 新木会」で奈良県御所市の「秋津原ゴルフクラ」へ行くのです。集合時間が7時45分。6時に長堀橋へ「山椒大夫」と「2号」 を迎えに行き、6時10分に谷町9丁目で「名前の言えないおっさん」をひらうのです。阪神高速夕陽丘から三宅、千早赤坂村を経由、水越トンネルを抜けると 奈良県、さらに直進24号線を越えて暫く行くと目的地、所要時間を1時間20分と読んでいるのです。家を出るのは5時45分、雑記帳も書かなければならな いので起床は4時半だったのです。店の気温は14度、小雨がパラついているのです。8組30名がエントリーし、多分優勝したのでしょう、私のハンデは 19、多くは期待出来ないのです。ほたら、行って参ります。眠たいのです。
2004/03/03
 今朝の店の気温は13.5度、いつ に無く寒いのです。奥のエアコンを入れ、760Wの電気ストーブの上下のヒーターをフルに入れてるのです。いでたちはパジャマにどてらを羽織っているので す。時間は7時半、一仕事した後なのです。そう言えば昨日も夕方は兎も角として遅くには冷え込んだのです。ゆうべ7時半に「京都に嫁の居る電気屋」、「白 塗り」、「近所の家具屋」が店に来たのです。「四天王寺のたこ焼き屋」へ行こうと言うお誘いなのです。歩いて15分の道程(みちのり)も、別に退屈する事 は無いのです。あの連中の馬鹿話には年季が入っているのです。アッと言う間に目的地に着いたのです。この四人では「家具屋」が図抜けて良く食うのです。あ の「ポミエ」の飯、私などは「ご飯、半分でお願いします」と言うのですが、目一杯食べて「一寸少ないかなあ」と言う男なのです。彼は昨夜もたこ焼き30 個、豚キムチ、ベーコンエッグ、生中6杯を食したので有ります。我々が飲んでるところへ「4丁目のオーディオ屋」が突然現れ、仲間は5人になってしまった のです。彼の邸宅はたこ焼き屋から徒歩5分なのです。別に意味の有る話をする訳では無いのですが何故か盛り上がったのです。帰りは「京都・・」の自転車に 二人乗り、其のときブルブルと寒さを感じたのです。10時半には帰宅すると言う品行方正なお話で有ります。
2004/03/02
 実の嫁は毎年この時期になるとお雛さまを飾るのです。2月の末に飾って 4月の末まで置き、兜飾りと交代となるのです。ところが今年は飾って無いのです。整理箪笥の上に大きな人形ケースが有り男女対の人形が有ったので其れがお 雛様かなあと思ったら唯の市松人形だったのです。唯のという言い方は市松殿に失礼なのですが旬の話なのでお許し願いたいのです。其処で嫁を問い詰めると、 いや嫁に聞くと、「今年は忙しくて出す間が無かったんや、そやけど一応は出して有るねん」と言うのです。見ると壁に50センチ四方えんじ色のハンカチが 貼って有り、お雛さまの5段飾りが描かれているのです。先日どっかへ旅行に行った時に買って帰ったらしいのです。手抜きなのです。聞くところによると、市 松人形は父方から貰い、雛人形は母方から貰うのだそうで、市松人形が雛人形ををお迎えするのだそうです。数年前から「LoveLove愛ちゃん」と言う人 形が出ていてこれが新型市松人形なのです。新旧共 振袖を着ていて着せ替えも出来るのです。私はそちらの方の趣味は無いのですが、今 日本橋にはお人形さ んが溢れているのです。こちらはフィギアと呼ばれるアニメキャラクターやらアーミーやらゲームキャラまで有り、所謂「グリコのおまけ」から等身大の物まで 大きさも色々なのです。昔と違ってかなり精巧に出来ていてレアもの等 数万円の値が付くのです。其の西日本一のメッカが日本橋だと言うのです。新しい時代 の幕開けなのです。
2004/03/01
 鳥インフルエンザで大騒ぎしているので有ります。実の嫁まで「卵は殻を 洗ってから調理せなあかんねん」とか「鶏肉は止めといた方がええやろか?」とか言うのです。ナンセンスな話なのです。聞くところによると、半径30キロ以 内の鶏の移動禁止措置が取られたとか、物々しく鶏舎が消毒されたりしているのは鶏にとって非常に怖い病気だからなのです。鳥同士の間では非常に感染力・死 亡率の高い病気なのです。一方、生きた鶏と濃密接触しなければ人間にはうつらないのです。鶏肉の10羽分を食べようが卵を100個食おうが全く心配無いの です。ただ、豚が鳥インフルエンザを患っている時に人インフルエンザに同時にかかれば、人に感染する事が出来る新しいインフルエンザに変身する可能性が有 ると言うのです。ですから、この鳥インフルエンザの蔓延は防がなければならないのです。しかし、今朝の新聞にも大きな太い字で「京都の鶏肉 堺、泉佐野で も販売」と一面にデカデカと出ているので有ります。一面トップの「西部鉄道、総会屋に9000万円」に次ぐサイズなのです。報道のあり方にも問題が有ると 思うのです。鶏肉を食って死ぬ確立は人工衛星の破片に当たって死ぬ確立と優劣を争うのです。道を歩いていて、また自転車に乗っていて、更に野壷にはまって 死ぬ確立の方がうんと高いのです。狂牛病の話にしても同様なのです。イギリスで患者の発生率が高かったのは、彼らは何百年もの間、ハンバーグに一番危険な 部位、牛の脳みそを混ぜて食べていたのです。其れでもあの程度なのです。我々はバランス感覚が必要なのです。大事な事の順番を冷静に見つめ直さなければ成 らないのです。